第2話


 忙しくなった書店の営業も、夕日が落ちて魔道具の照明が点きだす頃には、客足も少なくなってくる。

 マイケルは、まだ本を物色している客に声をかけては閉店時間を伝えて回っていた。


 カウンターに来るような客もいなそうだったから、今日の売り上げを確認する作業を始めていれば、横に座って手遊びをしていたセイラちゃんとレイラちゃんが僕の作業を覗いてくる。

 一緒に売上を確認してくれるようで、小さな指でお金を数えているのがかわいらしくもあった。




 和やかに進む時間も夕日が落ちきって、店じまいを進めるマイケルを売上の確認作業が終わった僕ら三人で見ていれば、休憩室の扉が開いてディオネが出てくる。


「つかれたぁ」と背伸びをして歩いてくる彼女に「おかえり!」と横に座っていた二人がディオネに駆け寄った。


「単位取らないとお馬鹿さんなんだよ?」とレイラちゃんがディオネに言えば、「お馬鹿さんだぁ!」とセイラちゃんもディオネの手を握って笑う。

 二人の言葉に固まったディオネは、一呼吸ついてから言葉の意味を理解したようで僕を睨んでくる。

 

「ファビオさんが教えたんでしょ」

「せがまれたからね、仕方なく」


 本当に、仕方がない。二人の上目遣いのお願いを断る人間は一人もいない。

 ただ、マイケルは断っていた。彼は例外で良い。

 ディオネは、舌打ちをして手を握る二人を見れば、「お馬鹿さんと一緒に帰るかな?」と問いかけて二人に「もう帰るの?」と返されていた。

 そんな彼女と一緒に、勉強していたであろうカーラさんが出てこない事を聞く。


「カーラさんは?」

「少し休憩って言って寝てますよ」


 と僕の事などお構いなしに、ディオネは手をつなぐセイラちゃんとレイラちゃんに話す。


「今日はこれでお終い。明日からは書店に来られないから、挨拶しておいで」

「わかったぁ! お馬鹿さんだからお勉強しないといけないもんね!」


 二人は、その純粋さでディオネを刺す。

 頬がヒクつくディオネから二人が離れて、「「またね、ファビオさん!」」と挨拶してくれた。

 明日からは来られない二人を考えると、涙を禁じ得ないが原因はディオネのせいだから、別に僕が心配することでもない。

「ディオネのこと見張っててね」と僕は二人に手を振って返せば、「「はぁーい!」」と笑う二人。

 マイケルにも挨拶をしてから休憩室に向かって、カーラさんにも挨拶をして戻ってくる。


「とりあえず、単位取り頑張ってね」

「……分かってますよ」


 ディオネは二人の手を握って玄関から出て行く。

 マイケルも彼女に軽口を言ったようで、「すぐ取って戻ってきますからね!」と言ってライフアリー商会に帰って行った。


 ディオネたちはまだ、ライフアリー商会の四階で暮らしている。

 孤児院の建て直しが始まってから結構な日数がかかっているが、子どもたちもダルダラさんも、同じくライフアリー商会の四階で暮らしている。

 

 孤児院が完成するのはもう少し先らしく、この機会に孤児院の規模を大きくしたいのだと、ビクター兄さんが言っていた。

 母上が凄く乗り気になって設計に関わったみたいで、豪邸でも建てるのかとビクター兄さんが頭を抱えていたのは記憶に新しい。






 暗い店の外を歩いて過ぎる人々。誰もが僕の店を一瞥して去って行くのが見えた。

 一時のないものとして扱われていた興味のない書店から、あの書店かくらいには知名度が上がったんだったら嬉しくもなる。

 売上も上々の成果で、少し前までの刷れば刷るほど売れた忙しさはないが、一日かけて誰も来ない日があった書店にしては、すごい変化だと思う。


「じゃあ、僕も帰るよ。いやぁ明日からは大変かもね」

「やっぱりですか、一応カーラさんに聞いておきますよ。あぁそれか聞いてくれます? 今休憩室にいるはずですし」


 持っている余りの本をカウンター奥の棚の置いたマイケルに軽口を言えば、「いいよ、長話に付き合うのは仕事中で十分だからさ。明日聞かせてもらうよ」と暗に僕がカーラさんに聞くよう返された。

 確かにカーラさんの長話はキツい時あるけど、マイケルはマイケルで店じまいをしたらすぐに帰りたい性格だ。

 終業後の時間を効率良く動いては時々僕も知らないうちに帰っている時もあるくらいだ。

 特にカーラさんは愚痴もたまっていそうだし、長話をしてくるにはもってこいの日かもしれない。

 

「仕方ないですね。お疲れさまでした」

「うん。そっちこそ、おつかれさん」


 マイケルは、奥の棚から自分の鞄を取り出しては、肩に担いで休憩室のカーラさんへ挨拶に向かった。

 いつもの場所になっているマイケルの鞄置場は、本来の用途は本棚だが、ディオネが通い始めてからと言うものの、休憩室に置こうとしなくなった。

 

「カーラさん、おつかれ様でしたぁ。先帰りまーす」


 マイケルが休憩室で休んでいるカーラさんに言えば「ほーい」と彼女の声も聞こえてくる。

 寝ているわけではなかったようで、夜通しカウンターで待っている事にならずに済んだ。

 だけどカーラさんは、ここを何だと思っているのだろうか。






 マイケルが玄関から軽い足取りで帰って行けば、程なくして休憩室の扉が開く。

「もう、ファビオ君だけかぁ」とカーラさんが水を入れたコップを持ってカウンターまでやってくる。

 

「勉強会お疲れさまでした」と僕が返せば、「地頭はいいんだろうけどね、やる気がないなあの子は」と苦笑いを浮かべて座った。

 

「やっぱりさ、お酒置こうよ。一杯くらい仕事終わりに飲みたいじゃない?」と水を飲みながら言うカーラさんに「置いたらマイケルが飲むからって、やめたじゃないですか。それに僕未成年ですし」と返す。


「そうだった、あいつ……」と彼女の眉間にシワが寄った。

 

「ま、いいか。それで今日の売上はどうだった?」とカーラさんはコップをカウンターに置く。金庫に入れた帳簿をもう一度出して、彼女に見せれば中をめくった。


「今日も良い感じじゃない」とカーラさんは僕に帳簿を返せば、それを受け取ってもう一度帳簿を金庫に納めた。

 カーラさんの言うとおり、書店の経営状況はたった一つの本だけで回復しかかっている。この調子で行けば――。


「そうですね、このまま続けていけば赤字もなくなるんじゃないですか?」

「何年で返済する話してるの?」


 赤字がなくなって、僕に経営権を戻してくれる約束をビクター兄さんが果たしてくれると思っているけど、カーラさんは僕に問い返してくる。


「え? 時間かかるんですか?」

「かかるね。ざっと二十年くらい?」


 聞かなきゃ良かった。思っていたよりも長い。けどなんでそこまでかかるの?

 少しふらつく僕に、「まぁ、落ち込んでも仕方ないよ」と彼女はなぐさめているようで、笑っている。

「はぁ、続編だせたらもっと早まるのになぁ」と嫌みを言ってみたが。


「かわいそうな声だしても無駄だよ。ディオネちゃんとは念書もあるからね」


 取り付く島もないカーラさんは懐にしまっていた念書を出して、僕に見せるようにひらひらと紙を揺らす。


 「分かってますけど。現実の厳しさに心が折れそうなだけです」

 「思ってもないことを言ってさぁ」


 とカーラさんに笑って返された。


「でも、続編を出したとしても同じ勢いで売れるとは限らないよ」と続けて言われて、「ファビオ君は何度も失敗しているから大丈夫だとお姉さんは思うけどね」

 カーラさんは、僕に余計な一言を加えて水を飲む。何度も失敗しているのは言わなくても良い。

 

「そっちこそお姉さんって、……思ってもないことを言ってるじゃないですか」


 僕の言葉に「思ってもないって。……お姉さんよ、私は」と返される。

 少しばかり声が低くなった。

 カーラさんもいい歳だから、お姉さんと言うには無理があるんじゃないかな。

 それに、セイラちゃんとレイラちゃんからは、カーラおばさんと呼ばれているのを以前見かけた時は、複雑そうな顔をしていたし。


 背伸びをしたカーラさんは椅子から立ち上がって、首を回す。

 骨の鳴る音が僕まで聞こえてくるが、これ以上言うと何されるか分かったものじゃないから聞こえないふりをした。


「じゃあ、私も帰ろうかな」とコップを持って休憩室へ歩くカーラさんに、「明日からマイケル一人ですけど大丈夫ですか? 僕も明日は学園ですし」と明日のことを聞いた。

 明日からは、多分セイラちゃんとレイラちゃんが手伝いに来ない。

 学園へ登校する前に二人を預けるディオネは、明日からは単位を取るまで来ない。

 そのせいで、二人も来ないのはマイケルも僕も分かっているし、セイラちゃんとレイラちゃんにその話をしたのは僕だから分かってくれていると思う。

 ディオネが帰る間際にも話していたから、それは確かだ。

 

「あぁ、あいつ一人じゃ無理かぁ」と休憩室の扉に手がかかっていたカーラさんは足を止めて、少し考え始めた。

 僕の方に向いて、「本の在庫は大丈夫なのかな?」と聞いてくるから、「明日の分はマイケルが余分に刷ってますから問題ないと思いますけど」と答える。


「ならライフアリー商会から何人か書店に来させたらいいね」

「いいんですか?」

「いいよ、暇してる奴らを引っ張ってくるから」


 あさって以降も考えたのだろうか。

 一日くらいならマイケル一人で問題ないけど、最低三人で回していた書店の業務をいきなり一人で回し続けるのは、しんどいものがあるはずだから、カーラさんの言葉はありがたい。

 ただ――。


「マイケル嫌がりますけど……いいんですか?」


 マイケルは、いい大人の癖して妙なところで人見知りなのだ。情報通とか嘘だろって、その度に思うけどね。

「いいよ。もし、嫌がったら一日一人でやれって言っておいて」と休憩室の扉を開ける。

 そして、笑いながら「店開けてるか見張らせておくってこともね」と彼の事を信用していないようだった。


「わ、わかりましたぁ」


 カーラさんに答えれば、休憩室の扉が閉まる。

 中で物音がしてから少し時間が経ってまた扉が開くと、「よし、もうこれだけかな?」と小さな鞄を持ってカーラさんが出てくる。

 愚痴話はなさそうだった。ゆっくり本でも読んで明日の学園に備えられる。


「はい、お疲れさまでした」僕が彼女に返せば、「ファビオ君ももう卒業だけど、単位の取り忘れない? 大丈夫?」とディオネでもあるまいし、それに僕の成績はビクター兄さんに正直に伝えているから、カーラさんも知っているはずだ。


「大丈夫ですよ、僕って学園では優等生ですから」

「本当?」


 あれ? カーラさんは知らないのか? まあ、良いけど「本当ですって。こんな嘘ついて何になるんですか」とカーラさんに返せば、彼女は笑ってカウンターを通り過ぎる。


「それもそっか! じゃあまたね」

「お疲れさまでした、暗いですから気をつけて」


 笑ったままカーラさんは、玄関から出て行く。「心配してくれるの? ありがとう」と笑う。

「でも、そんなか弱い年じゃないから」とカーラさんは、玄関の扉を閉めて商会に帰って行った。

 やっぱり、自分の歳のこと自覚してるんじゃないか? けど、おばさん呼びするのはやめておく。

 何されるか分かったものじゃないしね。そうそう、触らぬ神になんとやら、だ。

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