第3話


 久しぶりの泊まりは、二人の兄さんと近況を話したりして、楽しく過ごすことが出来た。

 エリー姉さんは、ビクター兄さんの言った通りその日は帰って来ず、次の日の朝に会ったが、機嫌は良かったので軽く挨拶をして僕も自分の家に帰った。


 泊まった日からの七日間は特段話す内容もない。兄さん達の無茶振りとかエリー姉さんの癇癪もない平和な時間だったし。ライアンさんからも、決めた日取りで問題ない事を確認出来たし。

 平和な時間は経つのが早い。

 今日は、学園の講義が終わり次第タングリング家との話し合いに参加する日だ。億劫な足取りでライフアリー商会に着けば、前とは違って職員の方が会議室に案内してくれた。

 

 七日前のエリー姉さんとライアンさんの喧嘩の報告で来た時とは別の、改まった会議室にはビクター兄さんの他に商会の取締役の人も何人か談笑していた。

 見知った人がいたりもして軽く挨拶を済ませて空いている席に座る。


「来るとは思ってたけど、本当に律儀だよね」

「商会に入るまで理由を探してましたよ。欠席の」


 見つからなくて良かった。と返して笑われる。僕の横の椅子に座るビクター兄さん。

 ライアンさんから、会う度にお願いされた僕の心労など気づきはしないだろう。繊細さが欠片もないのだから。


「もうじきに、到着されるようだから。皆さんも準備をおねがいしますね」


 ビクター兄さんが声を上げれば、取締役の人達が色々と書類を出したり、飲み物を出したりとせっせと準備しだす。


「今日は、婚約解消うんぬんの話し合いのはずですけど」


 こんなに、準備することなど必要ないと思うが。

 まるで、商談とか審査とか諸々の話し合いをするような感じがする。

 そもそも、家の話で取締役がいること自体おかしい。


「そのつもりだったけどさ、調べてみたら話が変わったんだよ」

「いきなり、そんなこと言われても僕はどうしたらいいんです?」


 お腹が痛いなどと言って便所まで行くか? そのまま帰るけど。

 はぁ、いやだなぁ。なんか巻き込まれそうだよなぁ。帰りたいなぁ。


「大丈夫だって! ファビオも気になるような内容だから! 本当だって」


 うさんくせぇ。そう言って騙されたこともあるのだ。僕に急な展開はダメなんだよ。

 ビクター兄さんを横目で見れば、会議室の窓から日差しが入ってくる。

 もう夕方だ。話し合いが終わる頃には夜になるだろう。

 こんなことだったら真面目に欠席の理由を考えておくべきだった。


 会議室の椅子に座って待っていれば、扉から失礼します。と声がした。


「どうぞ。お入りください」


 取締役の一人が言えば、扉が開く。待ち人がきたのだ。

 案内の職員さんが始めに入ってくる。後から続いて、ライアンさんとタングリング家の当主が続いた。

 ライアンさんと同じ茶色い髪は長く、括らずに伸ばしている。一貴族としての気品はありそうなものだが、血色の悪そうな肌に目の周りはビクター兄さんより濃いクマがある。

 筋肉質なライアンとは別に線が細い体つきはパッと見た印象では親子なのか分からないだろう。


 僕らが座る席の向かいに案内すれば、ライアンさんとその父親も恐縮している。それは力関係がこちらにあることを示していた。

 

「こんな愚息との急な話し合いの場を設けていただき、ライフアリー商会さんにはいつもお世話になっております」

「私の、急な申し出に付き合っていただいてありがとうございます」


 椅子に座った親子は、すぐに話しを切り出す。


「えぇ。私もファビオから聞いた時は大変驚きましたよ。うちのエリザベスの癇癪に我慢ならなかったのなら、代わって謝罪しますが」


 驚いてはなかったよね。諦めた感じはあったけど。


「いやいや、それはこの愚息の早とちりのようで、謝罪が必要なのはこちらかと」


 タングリング家の当主が安易に謝罪をすると言うとは。

 あくまで貴族としての吸って吐く程度の矜持は持っているとは思っていたが。時限的な貴族だけど。


「では、婚約は解消せずともよいと考えても?」

「えぇ。もちろん。今後ともライフアリー商会さんとは懇意にさせていただきたいものですから」


 早く終わりそうじゃん! 良いことだね。婚約解消にはならないんだったらエリー姉さんのことも僕は助かる。

 けど、ライアンさんの顔は貼り付けたような愛想のいい顔で、遠い目をしているように感じる。

 口出しできるような空気でもない。


 よかった。よかった。とビクター兄さんとタングリング家の当主が笑い合う。

 少しのあいだ、他愛のない話をしていた。


「では、この辺で私どもは帰らせていただきましょうかね。ライアンいいね」


 はい。とライアンが当主に答える。二人そろって席を立つが。



 

「いえ、ついでの婚約の話が終わっただけですよ。デービット様」


 ついでの? 僕はそれが本題だと思って七日間過ごしてきたけど?

 僕は蚊帳の外で違う話があるんだ。やっぱり準備していた書類はそのだったか。長くなりそうだ。

 会議室の空気が一変した。先ほどまでの和やかな雰囲気は消え、張り詰めた緊張が漂う。

 それより、タングリング家の当主の名前ってデービット様っていうだ。初めて知った。将来のお義父さんだけど。


「ついでとは、失礼では? 今日の本題のはずです。私はそう聞いて今日伺ったのです。違ったか。ライアン」

「いえ。 ファビオ君ともその話し合いで伺う予定でしたので、私も初耳です」


 僕も初耳です。二人とも僕に向かないでください。刺されそうな視線に下を向いてやり過ごそう。

 うつむく僕に、肩を置くビクター兄さん。


「今初めて言いました。ライフアリー家の個人的な話が終わっただけで、商会としてはこれから話す内容の方が重要なので」


 おかけになってください。と席を立っていた二人に切り出すビクター兄さんに、ライアンさん親子は少し顔を見合わせてもう一度座った。

 僕も、少し顔をあげるが、デービット様はビクター兄さんをライアンさんは僕に目を向けていた。

 再度、うつむく。


「この話は、商会長にも決裁をいただいている案件になります」


 切り出すビクター兄さん。取締役の人が書類をデービット様に渡し始める。

 商会長か。じゃあ、無下には出来ないな。と苦笑いするデービット様。頷くビクター兄さんはいきなりぶっ込んだ話をする。


「まず最初。タングリングの領地は問題ないです?」

「当たり前だ。とは言いたいが」


 芳しくない。と返すデービット様。

 貴族として任されている領地の経営がよろしくないのは問題がある。

 いくら時限的で十年の期限が決められているからと言って、責任がないことはないのだ。


「私達の妹の婚約者に金銭問題があるのは些か良くないですね。今回は特に。」


 デービット様が唸る。ビクター兄さんの話が堪えるのか、書類の項目のことなのか。

 金銭問題か。エリー姉さんは、嫁ぐ側だからなのだろう。

 ライアンさんが嫁いでくる側だったら別に問題ないのだ。


「なかなか、辛辣ですね。言いようも書類も」


 そんなんだ。書類とか見られないから、何を書いているのか知らないけど。

 

「故にですね。タングリングの所有している領地の有用性を再度確認したいのです」

「有用性など、うちの領地は、農産物が主な収入源だか」


 タングリング家の領地は小高い丘と川に囲まれ、農業が盛んに行われている。

 自給率も悪くない水準のはずだが、それでも厳しいのだろうか。


「特産品がないのです」

「普通に過ごすには問題ないだろう?」


 普通であればね。と返すビクター兄さんを見れば、赤い目から僕たち家族に向けないような冷たい雰囲気が漂う。


「領民の暮らしは重要でしょう。ですが、領地を任されている限りは国に尽くすことが最も重要なのです。おろそかになっていては、申し訳ないが貴族の責務など取り上げられるのもやむなしと言えるでしょう」


 横でびっくりするぐらい辛辣に言うビクター兄さんに、座っているデービット様は見つめるだけで何も言わない。

 ライアンさんは、言いたいことがありそうだか、当主が口を開かないからか、黙ったまま。少し机の飲み物を含んでから、一呼吸置いた。


「私も分かっているさ。それくらい。それで若く聡明な君はどんな特産品を提案してくれるのかな?」

「失礼な物言いとなり申し訳ございません。つい、口走ってしまいました。聡明な弟の影響を受けたかもしれませんね」


 はぁ!? なんで僕に飛び火させるんだよ! 僕なにも言ってないじゃないか!

 何故か、会議室の雰囲気が和らいだように感じる。遺憾だけど。


 では、これからは私が。と取締役の人が話し出せば、特産の可能性がある品目を言っていく。

 話す内容が複雑になっていけば、周りの人から補足があったり、ビクター兄さんが喋ったり色々を話し合いが進んでいく。ライアンさんもデービット様も乗り気になって聞いたり意見をしたりと勝手に進む。僕を除いて。


 「ビクター兄さん。僕要ります?」


 要るよ。これから。と小声で返される。話し合いが進む中で、僕が必要になる場面があるのだろうか。

 もう、夕日は落ちきっていた。会議室には照明が照らされている。

 今日も泊まりは決定だそう。僕の憂いとは裏腹に話し合いは熱気を帯び始める。

 デービット様の顔の血色も最初よりも些かよく見える。


「では、紙の事業とは? ドリンシャス帝国の専売では?」

 

 デービット様が身を乗り出して聞いてくる。

 ビクター兄さんが頷くが訂正するように口を開いた。


「正確にはトレンティアが最大手の製造都市ですね」


 そうだ。紙はドリンシャス帝国の専売品で、輸入に頼って使っている。

 ビクター兄さんが僕をチラッと見て、少し口角を上げた。


「そのトレンティアの事業を、こちらでも始めたいのです。一大事業になりますね」


 自国生産できれば莫大な利益になるが、製造方法は――。


「ビクターさん、紙の製造はどうやって調べるのですか」


 ライアンさんが、僕が考えている事と同じ事を質問してきた。


「人材を引き抜けば良いのです。既に交渉に行かせています」


 製造は引き抜いた人材から聞き出せば問題なしです。と切り出すビクター兄さんに、考え込むデービット様。


「土地は?」

「タングリング領で行えばいいのです」


 ビクター兄さんの中でもうある程度の道筋が出来ているのだろう。


「紙の製造が出来れば輸入に頼っていた我が国の予算も、領民の生活水準もより良い方向に進むと考えます」


 それこそ、次の世代への遺産となるでしょう。とビクター兄さんは締めくくる。ずっと考え込んでいたデービット様は、ビクター兄さんを見た。


「全ては人材の引き抜きが出来たらの話か」

「えぇ。出来たらです。でも、可能性は大いにある」


 成功すれば、詳細を詰めていきましょう。と二人が握手をした。

 ライアンさんも、話が終わった事を察したのだろう、席を立ってデービット様に近づく。

 二人が、別れの挨拶をすれば、僕たちは彼らを見送るために一緒に席を立つ。

 

 うーん。僕って本当に要る意味あったのかな。ねぇ。兄さん。

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