閑話6 へうげの「点」

 転生前。

「山内さん、面会の方がお見えです、応接室に…」

 俺は昼食後の休憩時間に競馬新聞を読んでいたが、受付の女性の電話があり、はて?と思いながら俺は応接室に向かった。誰にも会う予定はなかったからだ。しかし折角の休憩時間が台無しになってしまったな。俺は頭を掻きつつ応接室の扉を叩く。

「史郎様、お久しぶりです、中島です」

 居たのは、中島誠一だった。中島は俺が入ってくると、立って頭を下げる。

 彼は「三芳野」の料理主任で、俺も子供の頃からよく知っている。柳原乾山の番頭と言っていい。そして、柳原の一番信頼の厚い男ともいえる。時代劇風に言えば俺の傅役みたいな存在でもあった。

「…中島だったのか。どうしたんだ、こんなところへ」

「いえね、柳原先生から、仰せつかってまいりましてね」

「今更、俺に何の用なんだ。俺はあの男とはとっくの昔に親子の縁を切ってるんだ!」

「史郎様、待ってください!」

 その言葉を聞かず、俺は立ち上がってその場を去ろうとした。扉を開くと、それと反対に荒木が飛び込んでくる。結果的に俺が彼女を抱きとめる形になってしまった。

「うわっ!荒木君!?」

「きゃあ、山内さん!」

 荒木は驚いて飛び上がって、もじもじしている。

「いや、なんか大きな声が聞こえたんで、喧嘩でもしてるんじゃないかと思って…」

「いや、大したことじゃない。…中島、取り乱してすまなかった、要件を聞こう」

 俺は椅子に座り直し、なぜか荒木も隣に座る。中島は持っていたカバンから本を取り出し、俺の前においた。「三芳野 12」と書かれた小冊子だが、副題として「古田織部の美学」とあった。表紙には織部の作「黒織部鷺文筒茶碗」が描かれている。

 これは柳原乾山が年に一回程度発行し、会員へ配布している機関誌だ。恐る恐るページを捲ってみる。柳原乾山は当然として、織部焼の研究者や歴史学者、茶道の研究者などが織部について書かれた文章が載っていた。

「先生は、この程度の文が読めぬなら織部の記事など書けん、と」

「くそっ…あの男め。俺を笑ってやがる」

「そうでしょうか…。山内さんを励まそうと冊子を中島さんへ託したんじゃないですか?」

 荒木が冊子を読みながら言った。

「あの男がそんなことをするものか!」

 俺は思わず立ち上がった。手が震えている。しばらくすると怒りが落ち着いてきたのだろう、頭が澄み切ってきたので、俺は改めて座り、荒木が持っていた冊子を借りると、ぱらぱらとめくり始めた。

「史郎様…。いつ、戻ってきてくれるんです。私達は待っているんですよ、若のお戻りを…」

 中島は心配そうに言った。俺は歯を噛み締めたが、ここでまた激昂するわけにもいかない。俺は口をへの字に曲げて、俺は怒ってますよ、機嫌が悪いですよ、というアピールをした。しかしどうしてこの男は俺を苛立たせるのだろう。中島は俺の子供の頃から付き添っているから、年を取って心配性なのは分かるが。


 山内が去った後、荒木は冊子を見つめる。

「…似たもの親子ですね」

 荒木がそう言って舌を出す。中島は頭を抱えた。

「そうなんですよ…素直に『参考になるから読むといい』って言えばいいのに…もう、先生は…」

「あの2人を仲直りさせることってできないかなあ。中島さん、どう思います?」

「いや、そりゃ、仲直りすれば私らは万々歳ですが…先は長いですよ」

 そう言いながら中島は腕を組んだ。


 転生後、慶長元年(1596)、美濃国、浄音寺。

「仏の道というのは、正直に生きることでございます。ただ、世の中には自分に正直にならずに、知ったかぶりをする人がいらっしゃいますな。

『ご隠居はなんでも知っているそうですな、ひとつ教えてほしいんですが』

『おう、何でも知ってるよ。聞くのは一時の恥、聞かぬは松茸の恥なんぞと言ってね』

『末代の恥じゃないんですか?』

『そのまま言うと面白くないから、こういう風に言うんだ、これを機知という』

『面白くないじゃない』

『だから、機知の失敗なんだ、これはね』

『一番でかい動物はなんです?』

『ゾウだよ』

『いやいや、ゾウより大きな動物がいるんですよ』

『いるよ、大きなゾウだ』…」

 寺の本堂に集まった人々は、笑いながら一人の僧侶の言葉に耳を傾けていた。俺は、一番うしろでその法話を聞いていた。

「無い方は、枕を付けて寝る方だ…ってなことで、やかん、というお笑いでした。この後、休憩を挟んで、大喜利に参ります、お楽しみに」

 僧侶が最後にそう言うと大きな拍手が起こる。拍手の中、僧侶は一端奥の方へ下がった。 

「いやあ、策伝殿、面白かった」

「これは、織部殿。いらっしゃったのですか」

「いやあ、毎日忙しくてな、落とし噺でも聞かないと気が滅入ってくる…。しかし今日の『やかん』はキレが良かった、懐かしさを覚えたな」

「はっはっは。まあ、真面目な法話だとつまらないから、笑い話などを加えたのが始まりで…今や、落とし噺だけ聞きたいとか、落とし噺の弟子にしてくれとかいう人もおりまして」

「落とし噺の専門家だから、『噺家』とでも名乗ったらどうです」

 安楽庵策伝あんらくあんさくでんは、その言葉に弾けたように笑うのだった。


 座布団が5枚ほど並び、一番左側に安楽庵策伝が座る。

「さあ、お待ちかねの大喜利でございます。今日の始めのお題は、『浄音寺の鐘はなんという風に鳴るか?』はい、楽さん早かった」

「浄音寺は貧乏寺です。カネがないので音は鳴りません」

「お前さん、そりゃただのシャレじゃないか、山田くん座布団一枚持っていきなさい」

 会場は盛大な拍手に包まれた。まあ、こういうぬるい笑いが年寄りにはいいのだ、と俺は思った。

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