ダンディ、世界を焦がす
アミノ酸
第1章
第1話 良い男
あなたはビキニアーマーをご存知だろうか。
セクシーではあるが、戦闘には不向きなアレである。
なぜ、あんな装備が存在するのか。
それは「色気=魔力」だから。
美男美女ばかり活躍することに疑問を持ったことはないか。
肌の露出が多い女性に、それじゃ戦えないだろと思ったことはないか。
そんな世界を救うのは、そう──。
◇
月が隠れてしまった夜。
自分が目を開けているのかも分からなくなる漆黒の中、ヴィオラは野盗に襲われそうになっていた。
魔法剣士として旅をする彼女のスカートの短さが、行儀の悪い男達を刺激してしまったのである。
「なぁ、いいじゃねぇかよ。こんな暗い中で女一人じゃ危ねぇぞ」
「こっちで俺達と酒盛りといこうぜ。そのままお頭の女になるかもしれねぇけどなぁ」
下品な笑い声が、闇に溶けていった。
ヴィオラの周りを灯す光球は、辺りを照らすとはいえ野盗が何人いるかまでは把握出来ない。
小さな舌打ちが、思わず溢れた。
「最悪……、あと少しで城下町だって言うのに……。さすがにこの人数はキツイか……」
見えているだけで三人。
笑い声から察するにもう二人はいそうだ。
残りの全魔力を使い切れば、野盗五人程度に遅れは取らない。
だが、そこまですればヴィオラも身動きが取れなくなる。
相手の数を見誤れば、良くて慰みものにされ、悪ければ殺される──。
「悪いけど、私お酒飲めないのよね。飲むと誰でもいいから斬りたくなっちゃうの」
「へぇ。気の強い姉ちゃんだ。怖くてちびっちまう」
おどけたフリをしているものの、逃げる隙は生まれない。
野盗の癖にちゃんと隊形を取っていることにヴィオラは溜息をつく。
やるしかない。剣を握る手に力を込めたその時──。
煙草の匂いが、鼻をくすぐった。
「こんな夜に宴会か? 俺も混ぜてくれよ」
夜の闇が、その顔を暗く塗りつぶしていた。
低く落ち着いた声が、ハッキリと耳に届く。
(……誰? それに……この声……)
ヴィオラは戸惑った。
その声を聞くだけで、集中が切れてしまったから。
窮地にいるはずなのに、剣を握る手が思わず緩む。
「誰だ!? 男に用はねぇ! 死にたくなけりゃ失せろ!」
吠えた野盗からは見えているのか、声の主に向かって威嚇をする。
が、突然その威嚇が悲鳴に変わった。
「痴話喧嘩に首を突っ込むつもりはねぇさ。お嬢さん、あんたの口から聞かせてくれ」
コツ、コツと靴が鳴る。
ヴィオラの光球が捉えたそれは、壮年の男性だった。
闇との境界がなくなる黒の服に、白髪混じりの髪。
武器も持たず、口に煙草を咥えているだけ。
それなのに、直感していた。
この人──なんて、魔力なの……。
ヴィオラは無意識に助けを乞う。
それは、状況から自然な反応で、彼女の魔法剣士としてのプライドを捨て置けば当然の返答だ。
しかし、彼女はその瞬間、一人の女になっていた。
この強い男に、助けられたいと全身が叫んでいた。
「安心しな。すぐに終わらせる」
煙を吐くと、着ていた上着を脱いでヴィオラに寄越す。
「これでその綺麗な脚を隠しておきな。今夜は冷えそうだ」
男に襲いかかる野盗達の姿は、ヴィオラの目にはもう映っていなかった。
口に煙草を咥えたまま、詠唱もせずに火球を放つ男の背中に見惚れている。
ヴィオラの頬が紅く染まっていく。
それは、火球の熱によるものなのか、それとも──。
いつの間にか、月が出たのかと思うほど明るくなっていた。
男の放つ炎が、地面を焦がしている。
「あ、あの……! ありがとう……ございました。お名前を聞いてもいいですか?」
吸い終わった煙草を、小さな箱にしまうと男は初めてその顔を崩した。
「悪いな。今、名刺切らしてるんだ」
預けた上着を受け取る時に、ヴィオラは服に縫われた刺繍に目が留まる。
「……『Dandy』?」
知らない言葉。まだその世界にはない言葉。
それを口にしたヴィオラへ、男は逡巡した後に手を伸ばす。
「……悪いな、お嬢さん。子供はもう寝る時間だ」
無骨な指が彼女の額を突くと、ゆっくりと意識を失っていく。
男の腕に受け止められたヴィオラは、心が躍ってしまった。
もう、その色気にあてられている。
そして、胸に刻まれていった。
──ダンディ、と。
◇
かくして、そう遠くない未来に新たな言葉が生まれることになる。
ダンディ:
洗練された服装・態度・趣味を持つ男。
おしゃれで、上品な男。
あるいは──
救世主。伊達廣という名の【伝説】
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