第5話

風見鶏の街は、春から初夏へと、ひそやかに衣替えをはじめていた。

葉桜が風に揺れ、駅前の歩道には少し汗ばむ陽射しと、爽やかな空気が広がっている。

駅から直結しているショッピングモールの入口には、家族連れや学生のグループが思い思いの足取りで吸い込まれていき、アラタたちもまた、その中に混ざっていた。


すでにアラタ、シュウゴ、マナミ、リンの四人は、中央の吹き抜けスペース前に揃っており、今はイチロウの到着を待っている状態だった。


「それにしても、イチロウのやつ、ちょっと遅いな」

「まあ、集合時間まではまだ少しあります。女子もいるので、むしろ一番乗りかと思ってましたが」

「だよなぁ」


半袖の無地ポロシャツに黒のジーンズ、シンプルなスニーカーというラフな格好のシュウゴが、アラタに向かって言った。

アラタは白のリネンシャツにネイビーのスラックス。屋内の空調を考慮してか、肩掛けのカーディガンを一枚羽織っている。


「つーか、お前ら、私服姿を見るの初めてだけど、ちゃんとしてて……正直びっくりした」

「当たり前じゃないですか。森本さんがヒョウ柄を着てくる可能性を考慮した結果です」

「え、アタシそんな“森の仲間たち”みたいな服装で来ると思われてたのか?」

「骨付き肉を持ってこなかったから、まあ良しとしましょう」

「なんか、すごい釈然としないんだが」


マナミはシンプルなTシャツに黒のマーメイドスカート、白の厚底スニーカーにミニリュックという出で立ちだった。


「あ、あれ、猫田くんじゃない?」


リンが、遠くから走ってくる人影を指さした。

今日の彼女の格好は、白のレースブラウスにライトベージュのハイウエストワイドパンツ。アラタと同じく寒暖差を考慮して、ミントグリーンの薄手のカーディガンを羽織り、トートバッグを肩にかけている。

いつものポニーテールではなく、今日は髪を下ろしていた。


「確かに、あの姿はイチロウ……って、何だあの格好!?」

「だっさ!! あまりにもださすぎますって!!」


リンの指さした方向に首を向けるシュウゴとアラタ。

デニムジャケットに、インナーは囚人服を思わせる白と黒のボーダー。ジャケットと同色のジーンズに、水玉模様のスニーカーという出で立ちで、イチロウが小走りでこちらへ向かってきていた。


「え、お前らびっくりしてるけど、去年も休みの日とか遊んでなかったのか?」

「いや、去年も休みの日に遊ぶことはありましたが、普通にTシャツとズボンって感じで、もっとシンプルな格好でしたよ」

「女子と遊ぶってことで、変に空回ったのかもしれないから……」

「というか椎奈さんも、あの格好でよくイチロウだと気づきましたね……」

「うーん、漂うオーラってやつかな」

「デニム色の覇気を身にまとっているのか……」


イチロウが吹き抜けの柱の陰から姿を現すと、周囲の空気が一瞬だけざわついたような気がした。

彼の全身から放たれる“デニム色の覇気”は、まるで季節の移ろいを無視したかのように濃く、通りすがりの親子連れがちらりと視線を向けるほどだった。

アラタたちは、そんなイチロウの登場に言葉を失っていた。


「悪い、ちょっと遅くなった」


イチロウはようやく合流し、少し息を切らしながらも満面の笑みを浮かべていた。

その笑顔は、服装の奇抜さを補って余りあるほどに、まっすぐで、どこか憎めないものだった。


「お前、今すぐ服買いなおしてほしいから」

「デニム色の友達と隣歩きたくねえんだけど」

「ちょっとこれは……。まずはジャケットを脱ぎましょうか」

「そういえば、三階にユニクロとABCマートが入ってたよ」

「いきなりひどくないか!?」


風見鶏の街の初夏の空気の中、五人の一日が、少しずつ動き出していく。


◇     ◇     ◇


イチロウの服と靴を何とか一緒に歩くには問題ないところまで戻した五人は、二階にある文房具店へと足を運んでいた。

元々、シュウゴが文房具を選びたいということで、遊ぶ場所をショッピングモールにしたこともあり、誰も異論を挟むことなく自然と足並みが揃っていた。

店内は、整然と並んだ筆記具やノートの棚が、カラフルなお城の城壁を思わせる。

ペンの陳列棚の前で、シュウゴは腕を組みながら真剣な表情を浮かべていた。


「普段使うペンだからこそ、いいものを選びたいから」

「あ、でもそれ分かるな。アタシも料理するときはステンレスの包丁使わないし」

「え、森本さんって料理するんだ」

「ウチって共働きだからさ。父さんと母さんが忙しい時は、アタシがたまに作ったりするんだ」

「そうなんだ。俺は料理作れないから、本当に尊敬するから」


シュウゴは数本のペンを手に取り、試し書きをしたり、指先で軽く回したりして、手になじむかどうかを確認している。

その姿は、まるで職人が道具を選ぶような静かな集中に満ちていた。


「うん。これにするから」


彼が選んだのは、えんじ色の光沢が美しく煌めく一本。

重厚感のあるフォルムが、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。


イチロウとリンが、会計を終えたシュウゴに向かって駆け寄ってくる。


「シュウゴは目的のブツを見つけたか。実は、アラタもペンを買ったんだけど……」

「え、生形くんって、結局あれ買ったの?」

「……アイツどんなペンを買ったんだよ」

「論より証拠。見せてあげましょう」

「わ! 後ろにいたのかよ」


マナミの後ろに立ち、さっき包んでもらったばかりの袋からペンを取り出すアラタ。

その手には、なんともサイケデリックな色彩のペンが握られていた。


「模様も色も気持ち悪っ! 怖い! 何それ!?」

「この世の怨嗟と憎しみを全て封じ込めたペンって言われても納得するから」

「わたしも猫田くんも止めたんだけど、『一目ぼれしたんです』の一点張りで……」

「メーカーを調べてみたんだけど、全然知らないところだった」

「ふふん。多分新興のメーカーといったところでしょう。時代が早く追い付いてほしいものです」

「新興というより信仰に近いから。それも邪教の」


ペンを囲むようにして集まった五人の視線が、奇妙な模様に吸い寄せられる。

どこか有機的なうねりを描くそのデザインは、文房具というより呪具に近い。

四人が引き気味に眉をひそめる中、アラタだけは満足げにペンを見つめていた。

その表情は、まるで自分だけがこのペンの真価を理解しているとでも言いたげで、どこか誇らしげですらある。


「……まあ、アラタが使いやすければいいと思うから」

「使うたびに生命力的な何かを吸われそうな気もする……」


シュウゴが苦笑しながら言うと、マナミがぼそりと返す。

文房具店の一角に、ちょっとした異世界感が漂っていた。


「そうだ。みんなでこのペンをお揃いにしませんか」

「「「「絶対やだ!」」」」


イチロウ、シュウゴ、マナミ、リンの声が、店内にこだました。

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