前のエピソード――第23話：筋肉官僚、石田三成の登用

京に今川幕府を築き、石田三成という強力な「筋肉官僚」を得た今川義元は、中央集権的な行政改革を本格的に始動させた。貨幣の統一、新たな税制の導入、そして商業の自由化は、疲弊した畿内の民に希望の光をもたらし始めていた。しかし、その革新的な政策は、旧来の武士社会の常識、そして譜代の家臣たちの既得権益と激しく衝突することになる。

清洲城の評定の間は、連日、重苦しい空気に包まれていた。老齢の家臣たちは、義元の提示する改革案に強い違和感と反発の感情を膨らませていた。

「殿！座を廃し、関所を撤廃するなど、もってのほか！それでは、長年培ってきた秩序が乱れ、今川の財源が枯渇いたしまする！」

老臣の一人が、震える声で諫言した。彼の言葉は、多くの家臣たちの納得できない沈黙を代弁していた。彼らは、義元の「筋肉は全てを解決する」という理論が、まさかここまで経済や行政にまで及ぶとは夢にも思っていなかったのだ。その顔には、困惑と、殿への不審が入り混じった汗が滲んでいた。

義元は、上座で堂々と腕組みをしていた。その隆起した胸板は、どんな重い空気も跳ね返すかのような威圧感を放っている。

「愚か者め」

義元の声が、静かに、しかし有無を言わせぬ響きを帯びた。

「長年培ってきた秩序だと？それは、民を苦しめ、富を一部に集中させるだけの、腐りきった秩序に過ぎぬ！貴様らは知らぬのか。この改革なくして、真の平和と繁栄は訪れないのだ！」

義元は、そう言い放つと、席を立ち、ゆっくりと老臣の前に歩み寄った。その足音は、評定の間に重く響く。義元は、老臣の細い肩に手を置いた。老臣は、義元の手が触れた部分から、岩のような筋肉の「圧」が伝わってくるのを感じ、思わず息を詰めた。

「真の天下泰平とは、民が豊かに暮らせることだ。そのためには、古き血流を滞らせる老廃物を排除し、新たな筋肉を育まねばならぬ！」

義元は、自らの上腕二頭筋をピクリと動かした。その筋肉の躍動は、老臣の心臓を直接掴まれたかのような「身体性」を伴う恐怖を与えた。

「貴様らの反発は、理解できぬではない。だが、俺の筋肉は、裏切らない。そして、この肉体が示す結果こそが、最も雄弁な真実なのだ！」

義元は、そう言い放つと、その場で完璧なフォームで「地面に手をついて身を押し上げる鍛錬」を始めた。一回、二回……その動作は、まるで機械のように正確で、力強く、そして速い。評定の間に、義元の荒い息遣いと、筋肉の躍動する音が響き渡る。家臣たちは、その圧倒的な光景に言葉を失った。

「見よ、この肉体を！これこそが、改革の成果だ！貴様らの領地では、『筋肉教育』のおかげで、民の生産性が向上し、活気が満ちているではないか！この結果こそが、俺の理論の正しさを証明しているのだ！」

義元の言葉と、目の前で繰り広げられる異様な鍛錬に、家臣たちの心の中では、「伝統への固執」と「殿の示す未来への期待」という感情が激しく分裂していた。石田三成が、義元の言葉を補足するように、改革がもたらす長期的な利益と、他領での成功例を冷静に説明する。半兵衛や官兵衛も、義元の隣で黙々と筋トレを始め、無言の圧をかける。

やがて、老臣は、震える身体で深々と頭を下げた。

「は……ははっ！御意にございまする！この老体、殿の御理想のため、身命を賭して、改革を推進いたしまする！」

義元は、満足げに頷いた。

「ふははは！見事だ！これで今川の行政の筋肉は、さらに強靭となるぞ！」

義元の高らかな笑い声が、評定の間に響き渡る。今川幕府は、旧来の常識と新たな思想がぶつかり合いながらも、「筋肉」という共通言語によって、「変革を受け入れる」という新しい組織文化を育み始めた。それは、「筋肉は天下を制す」という、義元の哲学が、戦国の伝統を塗り替えていく、新たな時代の胎動だった。