第11話:戦国の夜明け、筋肉に照らされる未来

今川領全域に広がる筋肉の熱波は、単なる鍛錬に留まらず、民の生活そのものを確実に向上させていた。それは、義元が目指す「筋肉泰平の世」の確かな兆しだった。


清洲城の最上階。義元は、天守閣から広がる夜景を見下ろしていた。遠くの村々では、かすかに灯りが瞬き、昼間の鍛錬の疲れも知らず、人々が笑い声を上げているのが聞こえるかのようだ。隣には、静かに控える朝比奈泰朝がいる。彼の肉体もまた、日々の鍛錬で一回りも二回りも大きくなっていた。その顔には、以前のような困惑はなく、殿への揺るぎない信頼が刻まれている。


「泰朝よ」


義元の声が、静かな夜空に響く。彼の背中からは、鍛え抜かれた広背筋が、夜闇に溶け込むように大きく盛り上がっている。


「見てみよ、この景色を。民の声を聞け。これこそが、筋肉がもたらす豊かさだ」


泰朝は、義元の言葉に頷いた。彼は、自領でも農民たちの働きが格段に向上し、活気が満ちているのを肌で感じていた。義元の「筋肉理論」は、最初は荒唐無稽に思えたが、その「愚直なまでの合理性」が、確実に結果を出している。


「ははっ。殿の仰せの通りにございます。まさか、鍛錬がこれほどまでに、民の生活を豊かにしようとは……」


泰朝の言葉に、義元は満足げに頷いた。彼の胸には、「民の豊かさこそが、真の国力となる」という価値観が、さらに深く根ざしていた。それは、転生者として彼がこの時代に来た、究極の目的だった。


「泰朝よ。だが、これはまだ序章に過ぎぬ」


義元の瞳が、遠く、未だ戦乱の続く西の空を見据える。その視線の先には、京の都があった。


「我らが目指すは、今川領の繁栄だけではない。この日本全土に、筋肉の光を届けるのだ。戦国の世を終わらせ、真の天下泰平を築く」


その言葉に、泰朝は息を呑んだ。殿の口から、「天下泰平」という言葉が出るのは初めてではない。だが、今、この「筋肉の奇跡」を見た後では、その言葉の響きが、以前とは全く異なって聞こえる。それは、空想ではなく、現実となりうる「確信」に満ちていた。


「この日本を、筋肉に満ちた平和な国とするのだ。誰もが日々の鍛錬に励み、病に怯えることなく、豊かな食を享受し、笑顔で暮らせる世を」


義元の声には、「理想の未来を創造する者」としての強い情熱が満ちていた。それは、彼が転生前に抱いていた、社会に対する理想そのものだった。彼の胸では、その「理想」という感情が、さらに大きく膨らんでいく。


「そのためには、まだ成すべきことは多い。だが、我らには筋肉がある。そして、筋肉は決して裏切らない」


義元は、そう言い放つと、泰朝に向かって、自らの鍛え抜かれた上腕二頭筋をピクリと動かした。その筋肉の躍動は、泰朝の心臓を直接掴まれたかのような「身体性」を伴う、力強い「希望」を与えた。


「は……ははっ! 御意にございまする! この泰朝、殿の御理想のため、身命を賭して、この肉体を捧げまする!」


泰朝は、深々と頭を下げた。彼の心には、殿への絶対的な忠誠と、この「筋肉の時代」を自らの手で築き上げていくという熱い使命感が、確かに刻み込まれた。彼の中で、殿の「常識外れの行動」への「違和感」が完全に消え去り、「殿の筋肉こそが、この世の真理」という「新たな価値観」が確立されたのだ。


夜空には、満月が煌々と輝き、今川の領地を優しく照らしていた。それは、まさに戦国の夜明け。そして、筋肉に照らされる新たな時代の幕開けだった。

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