第5話:信長、鋼の肉にひざまずく筋肉の絆

桶狭間の戦いが終わった翌日。


今川軍の本陣は、勝利の喧騒に包まれていた。織田信長を討ち取ったという報は、瞬く間に諸国に広まり、今川義元の名は、一躍天下に轟いた。しかし、その勝利の裏には、常識を超えた「筋肉の奇跡」があったことを知る者は、ごく一部の者だけだった。


陣幕の中、義元は泰朝と向かい合っていた。泰朝の顔には、疲労の色よりも、昨日の戦で見た「奇跡」への興奮と、未だ拭いきれない「困惑」が入り混じっていた。


「殿……昨日の戦、まことに見事な采配でございました。そして、あの……火縄銃の弾を弾いた肉体……あれは、一体……」


泰朝は、恐る恐る尋ねた。彼の胸には、「信じられないものを見た」という「違和感」が、未だに大きく膨らんでいた。


義元は、泰朝の問いに静かに微笑んだ。その顔には、勝利の確信と、未来を見据える者の余裕が浮かんでいた。


「泰朝よ。貴様も見たであろう。肉体は、決して裏切らぬ。あの鍛錬こそが、この身を鋼に変え、弾丸すら弾く力を与えたのだ」


義元の言葉に、泰朝は息を呑んだ。彼の脳裏には、昨日見た義元の輝くような肉体と、弾丸が弾かれる衝撃的な光景が鮮明に蘇る。その光景は、泰朝の「武士としての常識」を根底から揺るがし、新たな「価値観の発動」を促していた。


「な、なるほど……では、あの『地面に手をついて身を押し上げる鍛錬』や『膝を曲げて腰を落とす鍛錬』が……」


「そうだ。そして、あの『豆を煮詰めた栄養の汁』もな。あれこそが、肉体を内側から強固にする秘薬だ」


義元は、得意げに胸を張った。彼の「筋肉理論」は、もはや単なる狂気ではなく、「桶狭間の勝利」という揺るぎない「結果」によって、「絶対的な真理」へと昇華されていた。


「泰朝。これより、全軍にこの鍛錬と栄養の摂取を徹底させる。そして、今川の兵は、『筋肉の兵』として、天下にその名を轟かせるのだ」


義元の言葉には、「天下統一」への確固たる「思考」が込められていた。彼は、「武力による制圧」だけでなく、「筋肉による威圧」と「健康という福音」を外交の武器にするという、前代未聞の戦略を練っていたのだ。


「は、ははっ! 御意にございまする!」


泰朝は、もはや反論する気力もなかった。彼の心には、殿への絶対的な信頼と、この「筋肉の時代」への期待が、熱く込み上げていた。


数日後、今川軍の陣営では、奇妙な光景が繰り広げられていた。兵士たちは、泥まみれになりながらも、義元が考案した「地面に手をついて身を押し上げる鍛錬」と「膝を曲げて腰を落とす鍛錬」に励んでいた。最初は戸惑っていた兵士たちも、義元自らが率先して鍛錬を行い、その圧倒的な肉体とパフォーマンスを見せつけることで、次第にその「愚直なまでの合理性」に納得し始めていた。


「殿の仰る通りだ! 身体が軽くなったぞ!」


「この豆の汁も、力が湧いてくるようだ!」


兵士たちの間には、「筋肉の福音」が広まり始めていた。彼らの顔には、疲労よりも、「強くなれる」という純粋な喜びが浮かんでいた。


その光景を、陣幕の陰から見ていた義元は、満足げに頷いた。


「ふははは! 見たか、泰朝! これが筋肉覇王の治世よ!」


義元の高笑いが、新緑の匂いをはらんだ風に乗って、遠くまで響き渡った。この日を境に、今川の兵士たちは、ただ刀を振るうだけでなく、己の肉体を鍛え上げることに、新たな価値を見出し始めた。筋肉の奔流が、静かに、しかし確実に今川の国を覆い始めていた。

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