第4章「獣の嘆きと風の噂」
第1話「自然での生活」
――穏やかな風吹く森の奥、穢された地球の姿とは思えぬ景色が広がっていた。
ゲブラー・エクエス本部を後にした931小隊は、ティナに連れられブラキストン内の畑にやってきた。
森林を切り開いて作られたその畑は、様々な作物が植えられている。
土壌栽培――それは重金属や放射線、果てにはシャードニウムで汚染された今の地球では珍しいものである。
「すごいですね! こんな立派に育ってる野菜初めて見ました!」
アイリスが感嘆の声を漏らした。エデン地区出身の者は、ほぼ土壌栽培を目にしたことはないらしい。
「今の季節は春キャベツとかが採れますね。もう一月から二月くらいすれば、トマトやピーマンとかも立派に育ちますよ」
ティナの説明に931小隊の皆は軽く頷いた。新鮮な野菜を口にできるブラキストンの住民がちょっぴり羨ましく思った。
「ねぇアンジェラ、君はこんな形の農業を見たことはある?」
ふと、カレッジはアンジェラにそう訪ねた。
「いや……ないな。第三次世界大戦後はめっきり途絶えた栽培法らしいし。歳30以上の人なら見たことがありそうだが……戦前生まれの大半は死んでるしな」
「22歳の俺と、ひとつ下のカレッジがギリギリ戦後に産まれたからな。25のアンジェラもやはり知らないか」
「……各地が戦火に包まれた中、10歳にも満たない私が覚えてるわけがない。生き延びることで必死だったんだから」
何気ない一言が、この世界の過酷さを物語っていた。現に70億人の人間が消滅したこの世界の平均年齢は、30歳を下回る。大戦中兵士として戦った人間が現在30〜40代であるから、この世界で少しでも老いを感じる者がいたとすれば、それは間違いなく強者だ。
「みんな、ご苦労。人手を借りてきたぞ」
ティナが作業中の住民に声をかける。やはり視線は931小隊に定まっていた。
「て……ティナさん! そちらの方々が……ですか……?」
ひとりの少年が声を上げる。昨夜カレッジが声を掛けて、逃げられてしまった羊の少年だ。
「ああ、心配しないでいい。この人たちは悪い人間じゃない。ソフィア総隊長が保証してる」
「そう……ですか……わかりました……」
カレッジは昨日のように、少年に近づいて挨拶をしようとした。少年はカレッジの接近に一瞬体をビクッとさせたが、逃げずに不安そうな目で彼を見つめた。
「こんにちは、昨日は驚かせてしまって申し訳なかったね。私は、エデン地区治安維持部隊インターセプト所属の931小隊指揮官カレッジ・ハーツだよ」
「……こんにちは。えっと……その……僕リバティっていいます……こちらこそ、いきなり逃げてしまってすみませんでした……」
細々と弱々しい声で呟く少年。真っ白でふわふわな髪に、羊のようにくるくると巻いた角が可愛らしい。歳もクルムと同じくらい幼く見えたことから、おそらく14歳辺りだろう。
「リバティ君はとっても真面目なんです。いつも農作業してくれて……ゲブラーエクエスでの訓練だって頑張って受けてるし……!」
クルムがみんなにそう伝えると、リバティはパッと顔を赤らめてもじもじしてしまった。
「あ……あの……クルムちゃん……恥ずかしいよ……僕みたいな役立たずがそんな……」
「リバティ君、そうやって自分を下げちゃダメだよ! 自信を持たなくちゃ!」
クルムの励ましにも、彼は自信なさげにしていた。かなり弱気な少年である。
「よし、僕たちもじゃあ手伝いますか。何をすればいいですか?」
ウォレンが腕まくりをして畑仕事の準備をした。工兵の彼にとっては土仕事は朝飯前なのだろう。
「では野菜への水やりと土の運搬をお願いします」
「任せてください。お安いご用です」
「では、分担してやりましょうか!」
ティナの指示にウォレンとアイリスはハッキリとした返事をした。
931小隊の面々はそれぞれ役割を分担して作業を始めた。力に自信がある隊員は土運びを、その他は水やりや草抜きなどを行った。
リバティや他の住民とも一緒に作業を進める中で、彼らはやはり警戒心を持っていたが、汗を流す中で段々と打ち解けることもできた。
やはりカレッジ、アイリス、アンジェラ、ウォレン、アドナの純粋な人間の5人とは、まだまだではあったが。
「ふぅ……戦闘とはまた違う筋肉を使うな」
「なに、戦いに比べれば楽な仕事だろう? 死ぬ危険もないからな」
「まぁ確かにな」
アドナとアンジェラがそんな話をしている時、ソフィアと料理人のモニエ。そして、腕に包帯を巻いたティムが様子を見に来てくれた。
「みんな、ご苦労様。モニエが作ってくれた差し入れを持ってきたぞ。一度休憩しよう」
「みなさん! サンドイッチを作ってきたので是非食べてください! お仕事お疲れ様です!」
「みんなごめんね……僕も手伝ってあげたかったなぁ」
3人がやってきたことに気づき、畑仕事をしていた931小隊と住民たちは作業を一度切り上げた。
「モニエさん、ありがとうございます! うわぁ……すごく美味しそう!」
ゲイルはお弁当箱の中身を覗き込んで目を輝かせた。中には色とりどりの野菜が挟まれたサンドイッチやお惣菜がぎっしり詰まっている。
「ティム、もう動けるようになったか。まったく、心配させやがって」
「隊長、すみません……」
「ちゃんとアイリスと村の人に感謝するんだぞ?」
ティムは申し訳なさそうに謝ったが、アドナはひとまず彼の無事にほっとしたのか肩を軽く叩いて励ました。
澄んだ空が見守る畑の隅、彼らは共に昼食を取り始めた。どうにかして、彼らとは良好な関係を築きたい。そう願う931小隊であった。
――ただし、その道はやはり楽なものではないことを、彼らは知ることになる。
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