Side story「夜の星は、君の肩を抱く」

 ――皆がテントで寝静まった頃、カレッジはひとり焚き火を眺めていた。


 ふと、ジュインと話し合ったあの日のことを思い出す。彼女の壮絶な過去を、大切な妹の存在を知ったあの日。


 あの日から今まで、ジュインは前よりずっと逞しく成長していた。エデン地区で巻き起こる目を覆いたくなるような惨状が、皮肉にも彼女の心を苦しめつつも、強くしたのだ。


 薪が崩れる音が、暗闇に響く。紅く燃え盛る炎を見ていたカレッジは、そっと目を閉じて音に集中した。エデン地区から出るまで、いろんな出来事がありすぎたせいで、少し疲れていたのだろう。少しばかりの癒やしを焚き火から得ていた。


 ――後ろから、微かな声が響くまで。


 「マスター……?」


 振り返ると、ジュインが眠そうに目を擦りながら立っていた。


 「すみません……テントにマスターがいなかったので、不安になってつい……」

 

 そう言ってジュインはマスターの隣に座って焚き火を見始めた。寂しがり屋な性格は、前から変わってないようだ。


 「何してたんですか? マスター」


 「いや……少し物思いでもね」


 「……あの、ジュイン」


 「どうしました? マスター」


 「……ずっと、隠していてすまなかった……僕の名前も、シャードニウム中毒のことも……」


 「マスター……」


 「今まで……誰にも言えなかった。いや、言うのが怖かったんだ……」


 「君を信じてあげられなかったことも、後悔している……許してくれ……」


 マスターは目を伏せながら胸の内を明かした。彼の頬には、まだ完全にキレート剤で除去できていない微細なシャードニウム結晶が焚き火の明かりを受けて美しく輝いていた。


 ジュインはしばらくの間、口を閉ざしてマスターの声に集中していたが、何かを決意した表情で声を上げた。


 「マスター……いや、カレッジ。私……少し安心した……」


 「え……?」


 「あなたが弱みを見せたの、初めてだと思うの。違う?」


 ジュインはいつものかしこまった話し方ではなく、少し砕けた口調で話し始めた。


 ――それは、彼女が初めて、彼に“対等な人間”として心を開いた証だった。


 「それは……」


 「私がパニックになったり、悲しんでいる時、あなたは私を落ち着かせるためにずっと気にかけてくれた……他の隊員が動揺している時も、あなたは気を張って平然を装っていた」


 「どんな時も、私情を見せることはなかった。それが逆に不安だったの……どんどん負の感情を溜め込んじゃってるんじゃないかって」


 「でも今は、私にありのままの自分を話してくれてる。あの夜の私みたいに」


 「ジュイン……」


 「それでね、私はあなたにすべてをもらったの。生きる希望も……仲間と過ごす楽しさも……」


 「だから今度は、私があなたに恩を返したい。あなたのつらさを、理解してあげたい」


 「だから……教えて? あなたのこと」


 「……わかった。全部、話すよ。僕の過去も、全部」


 カレッジは自分の身の上を話し始めた。


 元々、身寄りのない孤児だったことも。


 エデン自警団にいた頃、カルペディエム襲撃の際に唯一無二の戦友、クレアとニールを亡くしたことも。


 自警団を去った後、犯罪者を狩って堕天使と呼ばれるようになったことも。


 ミーティアというダアト人の子を保護したが、シャードニウム中毒で失ったことも。


 その時に、自身もシャードニウム中毒に感染したことを。


 「……そして、路地裏で倒れていた君を見つけた。これがすべてだ」


 「そんな……嘘でしょ……」


 あまりの壮絶な過去に、ジュインは絶句した。同時に、何度も大切なものを失くしたのに、自分を助けてくれた彼の優しさに涙が出そうになった。


 「カレッジ……」


 「……!?」


 気がつけば、ジュインはカレッジをぎゅっと抱きしめていた。彼の荒んだ心を必死に癒そうと、彼の胸にうずくまって甘えた。


 「私が……私が生きる理由は、あなたがいるから……あなたがここにいてくれるから、私も生きようと思えるの……」


 「これ以上、悩みを抱え込んだりしないでね……私、力になれるから……」


 彼女の声は震えていた。もはやジュインにとってカレッジは家族同然の存在だった。


 「ジュイン……っ……僕は……君がひとりでも幸せだと思えるまで……死なないよ。絶対……」


 しばらくの間、焚き火の側で2人は温もりを感じていた。少しして、ちょっとだけ恥ずかしそう体を離した。


 「これから……なんて呼べばいい? 本名の方が……いいかな?」


 「なんでもいい、君が呼びたいように呼んでくれればそれでいい。僕はカレッジであり、マスターだからね」


 「じゃあいつもはマスター……2人きりは……カレッジって呼ぶね?」


 「ああ、近い内にみんなにも自分のこと、話さなくちゃ」


 「さ、もう遅いし寝ようか。……本当に同じテントで良かった?」


 「もう……ダメなわけないじゃないですか! ほら、寝ましょ?」


 2人は焚き火を後にして、テントの中に入っていった。あの日のように、星空がまばゆく輝いていた。


 焚き火の火が薪を食み、小さくなってゆく。まるで、2人の痛みを一緒に消し去るように。


 ――2人の絆は、前よりずっと深く固いものになった。

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