魔王を倒したら仲間が全員ヤンデレ化して修羅場になった件 ~神様まで参戦して世界終了~

はるはるぽてと

第1話 勇者凱旋

短編です。完結まで執筆済み毎日投稿します。

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血と硝煙の気配すら、今や遠い昔のことのようだった。

 風が吹き抜けるたび、空に溶けていったそれらは、まるでこの地に流された幾千もの命の記憶を、優しく封じているかのようだった。


 かつて絶望の象徴と恐れられた魔王城――。

 その頂きは崩れ、鋭くそびえていた塔は今や砕け、黒ずんだ瓦礫が乾いた影を地面に落としていた。


 その廃墟の中心に、一人の男が、ただ立っていた。


 長く伸びた無精髭。戦塵にまみれた顔。泥に汚れた鎧の隙間から覗く肌には、幾度となく刻まれた傷痕が残る。

 ぼさぼさの髪が風に揺れた。年齢はすでに四十を越えているだろう。しかし、その背には不思議な威厳があった。誰よりも長く戦場に立ち、誰よりも多くの命を背負い、そして──勝ち抜いてきた男の背中だった。


 その名は、ヤマト。


 異世界に突如転移させられた元・サラリーマン。

 どこにでもいる平凡な社会人だった彼は、気づけば「勇者」としてこの世界の運命を背負わされていた。


 理不尽と混乱の連続。

 裏切りと死が日常だった戦場。

 それでも彼は歩みを止めず、仲間と共に生き抜いた。そして今、魔王を倒し──全てを終わらせた。


 だが。


 それでも、胸の奥に満ちるのは、奇妙な空虚感だった。


 「……終わった、のか」


 誰に向けたでもないその呟きは、冷えた空気に吸い込まれ、すぐに消えた。

 返事はない。ただ風が、淡く廃墟を撫でていくばかり。


 そんな彼の背後には、三人の女たちの姿があった。


 前衛の切り込み隊長――リーナ。

 獣人族の血を引く女戦士で、粗暴で短気だが、仲間への忠義だけは疑いようもない。

 戦場ではまるで狂戦士のように暴れ、時には自ら盾となって仲間を庇う姿も見せた。


 聖女――セレスティア。

 神殿に仕える光の巫女。癒しと祈りをもって傷ついた者を導いてきた。

 その微笑みはどこまでも優しく、儚い雰囲気を纏っている……が、ヤマトは知らなかった。

 その瞳の奥に隠された、誰にも触れられたくない執着と、狂おしいまでの“想い”を。


 そして魔導士――ミレイユ。

 黒髪の冷静沈着な才媛。理性を装い、淡々と任務をこなす彼女の本心は、誰の目にも映らなかった。

 けれどその胸の内には、誰よりも深い憧れと、叶わぬ恋を抱えた少女の心が潜んでいた。


 三人は無言のまま、ヤマトの背を見つめていた。


 だがそこには、もはや戦友としての尊敬や安堵だけではない、別の感情が渦巻いていた。


 ――彼を、手に入れたい。

 ――誰にも渡したくない。

 ――他の誰かと笑う姿など、見たくない。


 黒く、粘りつくような思念が、彼女たちの心を静かに蝕んでいた。


 


***


 


 その日の帝都は、まさに祝祭一色だった。


 通りには色鮮やかな旗と花飾り。人々の歓声と笑い声が波のように広がり、空には紙吹雪が舞い上がる。


 英雄の帰還を祝う最大の祭典。

 王国中の民が、ヤマトという男の名を讃え、道行く子供たちは無邪気に「勇者さま!」と叫びながら走り回っていた。


 その光景の中ではヤマトはひときわ浮いて見えた。


 どこか遠くを眺めるような目。浮かぶ微笑みも薄く、心から笑っているようには見えない。


 「……すごいな」


 呟く声には、実感がこもっていなかった。


 かつては夢見た未来だった。

 人々の笑顔。争いのない日々。

 だが、いざそれが現実となってみれば、彼の心は何故か、満たされなかった。


 ──なぜだろう。


 王宮の離れに用意された客間に戻ると、ヤマトは深く椅子に腰を沈めた。

 剣を脇に置き、肩から鎧を下ろすと、全身から力が抜けていく。


 「……ようやく、終わったはずなのに」


 その声には、達成感ではなく、疲れ切った魂の重さが滲んでいた。


 (……帰る方法は、まだ見つかっていない)


 元の世界。

 懐かしい街並みも、家族も、もう思い出せそうにない。


 それでも、自分の役目は終わったはずだった。

 もう剣を振る理由も、命を賭ける理由もない。


 ……そう、彼女たちが、あの日から変わってしまったと気づくまでは。


 (リーナも、ミレイユも、セレスティアも……なんだか最近、視線が……)


 旅の中では確かに、互いに背中を預けていた。

 けれど魔王を討って以降、何かが歪み始めた気がする。距離が、妙に近い。会話が、少ない。その沈黙が、怖い。


 (いや、考えすぎか……)


 自分にそう言い聞かせようとした、その時だった。


 ──コン、コン。


 部屋の扉が控えめにノックされた。


 「ヤマト様。お邪魔しても、よろしいでしょうか?」


 澄んだ、鈴の音のような声。

 扉が静かに開かれ、白銀の神官服に身を包んだセレスティアが、香り立つハーブティーの盆を持って現れた。


 「本日も、お疲れ様でした」


 微笑みは柔らかく、穏やか。だがその瞳の奥に宿る光は、静かすぎて……怖いほどだった。


 「ありがとう、助かるよ」


 ヤマトが礼を述べると、彼女は隣に腰を下ろし、彼の手に自らの手をそっと重ねた。


 「……もう、すべて終わったのですよね? ヤマト様が平和をもたらしてくださったのですもの」


 「……ああ、みんなのおかげで、ここまで来れた」


 その一言に、わずかにセレスティアの微笑みが揺らいだ。


 「……“みんな”、ですか」


 静かな声。それは問いというより、確認だった。


 「ふふ、あの二人……リーナとミレイユ。最近ずっと、ヤマト様を狙うような目をしていますよね。怖いですね、ああいうの」


 その言葉に、ヤマトは苦笑いで返そうとした。だが――


 その瞳が、冗談を言っていないことを、彼は本能で理解した。


 その時。


 バン!


 荒々しく扉が開いた。


 「……おい、聖女」


 獣人の血を宿す女戦士、リーナが眉を吊り上げながら入ってきた。


 「いい加減、ヤマトから離れろ。べたべた触ってんじゃねぇよ」


 「ご挨拶ですわね、私はただヤマト様に癒しを差し上げているだけですわ」


 「癒し? ははっ、ただの媚び売りじゃねぇか。迷惑なんだよ、あんたの存在がよ」


 二人の視線がぶつかり、空気が一変する。


 そして――


 「失礼、入るわよ」


 今度は低く冷ややかな声が響いた。

 黒衣の魔導士ミレイユが、何の躊躇いもなく部屋に入り、静かに扉を閉じた。


 「二人揃って、何のつもり?」


 「お前こそ何しに来た」


 「見張りよ。あんたら二人がここで、ヤマトに何するかわからないから」


 ヤマトが制止しようとした瞬間、三人の間に走ったのは、火花のような殺気だった。


 それは、誰にも渡したくないという“想い”がぶつかり合う、戦場の匂い。


 ヤマトはまだ、気づいていなかった。


 ──この瞬間から、世界の平和が、静かに崩れ始めていることを。


 英雄をめぐる、血と狂気の戦いが、いま、始まろうとしていることを。

 

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