第11話 黒い靄の約束

 痛い、痛い。


 どうして、なんでこんなに⾝体に⾃由が効かないのだろう。僕は死んでしまうのか?


 そもそも、僕は、⽣きているのか?


 いやだ、まだ、果たせていない。もう⼀度、あいたい、彼らに。僕はまだ罰せられてない。


 物⾳がする、俺の腕が固定されていく、これは包帯か?



 うっすら光が⾒えて、⾃分がようやく横たわっていることに気付いた。だが、いつもよりなんだか、視界が狭いような。


 すると、⿊い瞳がこちらを覗いていた。⼝元がパクパクと動いているが、⾳が聞こえない。

 意識がはっきりとしてきて、その⼦が俺よりも幼い⼦供であると分かった。⽿がおかしくなったかと思ったが、そもそも⾳にして声を発していないのだ。


 ⾸はなんとか傾けることができて、周りの様⼦を確認すべく、視線をあちらこちらに彷徨わせる。


 暗い洞窟のような場所、灯りは炎が空中を浮いているという、なんとも不思議な光景であった。もしや、これは夢なのだろうか。


 視界の端で、⿊いもやが映る。何だろうと確認すると、そこには⽂字が書かれていた。


【わかる?】


 試しに⾃分の声が出るか、試すと、問題なく⾳になった。


「あ、ああ。もしかして、君が、⽂字を?」


【うん。】


 どういう仕組みかは知らないが、これで意思疎通ができるようである。⾃分をアルバと名乗ったあと、名前の⽂字が消え、⿊い靄が形を作り出し、⼩さな⽣物のように相⼿の肩へと乗る。


 そして、何をするかと思えば、俺の⾝体を布団ごと抱え、移動し始めたのだ。


「えっ 、どういうこと。どこに⾏くの、降ろして。」


 困惑する俺に対して、「答えてはくれずにすたすた歩いていく。


 空中を浮いていた光が、先の道を照らしてくれ、進んでいくとそこには、洞窟に似合わない庭園があった。草⽊が広がり、川も流れている。


 外からの光が差し込んでいないはずなのに、どこか温かみを感じるそこで、寝転ぶ⼈がいた。

 アルバの目的は彼のようだ、分かりやすく瞳を輝かせて、⿊い靄を使って、⼤きな⽂字を作り出す。


【神様!】


 神様、とは?


 疑問を抱くも、すぐに返答が来たので、思考をやめる。 


「ん?なんだ、戻ってきたか。」


 勢いよく起き上がると、⼀度後ろに重⼼がぶれた。それから、ふらふらとした⾜取りである。

 ⾚みをおびた頬に、俺はその⼈の⼿元を⾒て、納得した。近づくにつれ、匂いが強くなる。


 この⼈、相当お酒を飲んでいる!?


 ⼀升瓶を⽚⼿に持っているので、予想はしていたが、頬が⾚くなっているのも酔いが回っている証拠だろう。


 アルバの存在を認識し、こちらへと向かってくる。そして、腕に抱える僕を⾒るなり、酔いに⾝を任せる様⼦から、急変し眼光が鋭くなった。


「なんだ、てめぇは。」


 痛みを忘れ、息を飲む。


 この感覚は、僕があの湖に踏み込み、⻯の⽅と出会ったときと似ている…。

 いや、それよりも強い圧を感じ、⾝震いしてしまっ た。地⾯が揺れている⼼地もしてきた。


 だが、その気迫に慣れているのか、僕を抱える⼦は、僕のことを説明すべく、⽂字を⽰した。


【下に落ちる途中に引っかかっていた。あまりにひどい怪我だったから、⼿当てをした。】


 そう答えると、何も⾔わず、その⼈とアルバは互いにじっと⾒つめ合う。

 先ほどまで、苛⽴ちを露にしていたが、徐々に落ち着きを⾒せ始める。


 そして、⼤きなため息をついた。


「……はぁ、勝⼿にしろ。」


 ⼀⾔述べて、奥の屋敷へ歩いていく。

 神様とされるその⼈が⽴っていた場所に視線を向ければ、⼤地が割れていた。


 さっきの地震は、気のせいではなかったと悟り、緊張から⼝が渇いてくる。


「⼤丈夫、ではないよな。」


 明らかに怒っていた…、うん、間違えなく怒っていた。

 しかし、アルバは笑っていた。強がっているとかではない。むしろ、この状況楽しそうにといった感じである。


【よかった、任せてもらえたよ。】


 許されたという意味だろうか。そうは⾔っても、正直なところ、平気だとは信じがたかった。


「でも、あんなに怒っていたし…。後で叱られるとかしない?」 


【⼤丈夫!あれは、いつものことだから。】


 いつものことって…。真正⾯で睨まれるだけでも怖いのに、慣れているとは。

 僕のせいで招いた状況だが、恒例の出来事だということにして、気を遣わせてしまっただけかもしれない。


 小さい身体で、あのプレッシャーに耐えうるアルバの精神の強さに、心の中で手を合わせて崇めてしまう。


 ここがどこなのか、何もかも分からないが、今は怪我の治療が先だ。そう⾃分に⾔い聞かせ、運ばれるまま、屋敷へと⼊っていった。





 どうやら、今の僕は"ほぼ"死んだ状態らしい。


 僕が⾒つかったときは、半⾝が潰されており、死んでいるとさえ思ったようだ。しかし、アルバの話によれば、⾃然に怪我が修復されていったのだという。


 死んでいるが、なぜ『ほぼ』と形容するのは、ここは死の世界と現世の狭間に位置し、僕は魂のみこちらにやってきているのだ。


 条件を満たせば、現世に帰ることができるみたい。魂の状態でも現実世界と身体の状態は繋がっている。

 向こうで怪我をすれば、こちらに反映される。逆もしかりだ。表面上の身体の傷が治っても、体力は戻っておらず、また条件を満たすことがすぐには難しいため、僕は療養を余儀なくされた。


「あの、アルバ。そこまでしなくても…。」


【僕がやりたいから、いいの!】


 何故か移動を必要とするたびに、どこからかアルバがやってきて抱えるのだ。

 これでは、体力も戻らないと、苦言を呈するが、わかってくれない。むしろ、積極的に甘やかそうとしている節があるのだ。


 いい加減にやめてくれと伝えなければと、夕飯後に二人で菓子を食べている時に、勇気を出して伝えてみる。


「アルバ。君に助けられたこと、感謝している。今も支えられている。だけど現世に帰るためにも、動けるようにしておかないといけないんだ。だから———。」


【かえるの?】 


「!」


【現世に、帰るの?】

 いつの間にか、距離を詰められた。驚いて、後ずさるがすぐ後ろに壁があって、背中に冷たい感触を覚えた。


 逃げ道はない、真正面から向かい合うアルバの瞳は、冷たく無の虚構で、先ほどまであった温かみは一切なくなっていた。


「アル、バ?」


【傷だって、完治していない。】


 そっと、僕の顔半分をアルバの手が覆う。そこは怪我をし、感覚が鈍くなっていた。片目は未だに見えていない。

 この怪我を作ったのは、僕の兄たちだと察している。帰っても、もうすでに居場所がないかもしれない。わずかだけど、心が揺れ動いた。


 瞼の裏に映ったのは、二人と一匹の姿。決めた、僕は戻る。アルバの手を優しく取り払い、首を横に振って見せた。


【本当に、それでいいの。現世は辛いことがある。ここに残れば、僕が守ってあげられる。】


「ありがとう。でも、僕は戻りたい。だって、待っている人がいるから。会いたい人がいるから。」


【そっか。分かった。】


 どこか寂しそうに笑うアルバに、僕は申し訳なく感じる。だけど、もう揺らぐことはなかい。それから、過度に僕を世話する行動は少なくなっていった。

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