第10話 裏切りの岩陰
二度と踏み入れてはいけない。
理解はできた、でもたった一晩の思い出が、僕にとってあまりに大きすぎたのだ。
寂しさで涙がこぼれてしまいそうになるのを押さえ、出口へと進む。一瞬、眩しい光で目の前が真っ白に変わる。
次に目を開いたときには、景色は変わり、木々の茂る山の中にぽつんと一人でいた。
あの場所から帰ってこられたのか、全身が水でびっしょりと濡れて、木々の間から吹く風によって身体が震えた。
どれくらい時間が経っているのか分からない。とにかく、移動し始めなければと足を一歩動かしてみると、足がなにかに躓く。
見れば、兄さんたちの荷物があった。そういえば、逃げている時に、途中で落としていったのを思い出す。
もしかして、僕がいなくなって一日も時間が経っていないのではないか。安心感と共に心に湧き上がる恐怖。
まずい、これが知れたら、兄たちに何をされるか。急いでそれらを集めて、家まで戻ろうとすると、聞きたくない声が耳に入る。
「あっ、いた!」
「てめぇ!勝手にいなくなりやがって!」
途端に、頬が殴られてしまう。まともに受け身をとることができず、地面に身体が投げ出される。心配よりも、先に殴られるとは。
…だがこんなの足に呪いを受けたときの痛みに比べれば、軽い。手をつきながら、立ち上がって、じっと兄たちの方を向く。
「…てめぇが、なんでお前がそんな目で見てくるんだよ!!」
ローラン兄さんは顔も真っ赤にして、再び拳を振り上げようとする。
しかし、それを誰かが止める。思わぬ行動に、被害を受ける僕も驚いた。
「なっ、ゼルコバ、てめぇ兄に逆らうのか?」
「母さんは皆で祭事に行けと言った。もう間もなく日が沈む。今のうちに、村へ向かうべきだ。」
ゼルコバ兄さんがそう言い切ると、拳をつくっていた兄は舌打ちしながら掴まれた腕を振り払い、拘束を外す。
二人の険悪なムードに慌てているドミニク兄さんを放っておき、こちらへと近づいてくと、身長差により見下ろす姿勢で、殴った本人は口を開いた。
「母さんの指示だ、今回は見逃す。だが、このまま宴に連れていってもらえるなんて思うなよ。落とし前はつけてもらう。」
黙って話を聞き、条件を飲むかと聞かれて頷く。
母が病に倒れ、薬の材料として必要な赤いアワブキの実をとってこいという条件が出された。
この里で開かれる宴に参加するという二人に会うために、僕は一所懸命に探す。
兄曰く、この辺りにあるはずだが、日も沈みだし制限時間が迫る。兄たちは皆先に行ってしまったのか、姿が見えない。
中々それらしきものが見つからない。
探す場所の範囲を広げるべきかと、僕は下の方へ移動した。
谷のように崖と崖が両方に位置する場所になっている。日が入りにくいため、ここでなら今まで見ていない植物ばかりだった。
よし、これなら、見つかるはずだ。そうして、茂みの中へと入り、手を動かすと、ふと大きな影が僕を覆った。
雲でもあるのかと、上を見上げるとそこにあったのは、大きな岩だった。
間違いなく、直撃して死を予知する。
崖の上で笑うローラン兄さんとドミニク兄さん、二人の姿があった。落としたのは彼らだろうか、そこまで嫌われていたのか。
死ぬと分かって、こんなときになって、気づいてしまった。僕は誰かに認めてもらいたかった。愛してもらいたかったのだ。でも、きっと努力が足りなかったのだろう。
「いきて、ふたりに———。」
その瞬間、僕は大きな岩にぶつかって、そのまま地面に叩きつけられた。
だれかが、こえ、さけぶ?あれ、いたい、つめたい。みぎうで、みぎめみえないな。なにが、おきたのだろう。
おんなのひとのこえ、ぬくもり。さむい。
おおきな、ひとみ。きれいだな。でも、なかないで。ぼくは、だいじょうぶ。
「あ、あぁ、あぁぁ、あああああああーーー!!」
叫び声が聞こえて、僕は大きな闇に覆われる。
ごめんなさいと、誰かが僕に謝った気がした。
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