第29話 クリスマスが嫌いな訳

 日本にもクリスマスってあるの?とよく訊かれる。そして返答に詰まる。何故かというと、その質問者の抱くクリスマスのイメージと日本のそれとがかなりかけ離れていて、どうしてそうなるの?というさらなる疑問を呼ぶだけだと経験から知っているからだ。


 日本には日本の祝い方があるんだから、放っておいて!と叫びたくなるくらい、実は嫌な質問だと思っている。でも、本当に興味があるらしく、日本の事をもっと知りたい人々がここぞとばかりに根掘り葉掘り訊いて来る。

 

 ありがた迷惑だと言えずにまたしても苦笑い。




 こちらでは家族が集まって食卓を囲みクリスマスディナーを食べ、ツリーの下に輪になってプレゼントを開けたりして大勢で団欒するのがしきたりなので、日本のように若いカップルがデートをしたり、家族で苺の乗ったケーキを食べるだけなどという生やさしいものではない。大抵の場合、義理の両親や小さな子どもも一緒なので、カオスと言っても良いだろう。


 実際、クリスマスに親戚一同集まって大喧嘩になる家族が少なくない。気が合うもの同士ならともかく、気の合わないもの同士が一つ屋根の下、数日間を過ごすのは無理があるだろう。お酒が入るので、それが災いすることも多々ある。でもほぼ強制参加なので皆我慢するしかない。日本のお正月がそんな感じだろうと思う。私はそう言えば日本のお正月も好きではなかった。


 義理の両親が離婚してから、それでもクリスマスはかなり楽になった。それまではクリスマスとなると必ず誰かが義父と揉めて大変だった。娘が生まれた年に義父は成人した息子たちと向き合うということを学べないまま去って行った。悲しい事だとは思うが、義母は息子たちを選ぶしかなかった。


 あの頃家族が集まると義父は何故か義母と私に当たることが多かった。甘えていたのかもしれない。今となっては済んだことで、そのトラウマを癒す努力をしているが、それが中々消えない。だから私のクリスマス嫌いは家族の周知のところだ。





 最近は日本に通じている人もいて、KFCとクリスマスケーキで祝うんでしょ?と分かっているなら訊かないで的な質問も吹っかけられる事があって辛い。何でKFCのフライドチキンなのか?って、私が答えられる訳がないし、出来ればKFCに直接訊いてほしい。サンタやトナカイが何で来るのかって毎年訊かれたらあなたたちだって嫌でしょうに、と言い返したいが、怒っても仕方がないので上手く逃げ切る。



 そして戻れるものならば、フライドチキンとクリスマスケーキの日本風のクリスマスに戻りたい。本気でそう思う時がある。こちらのクリスマスケーキはドライフルーツやナッツが入った見た目が質素な物なので、苺がたくさん乗った日本のクリスマスケーキは綺麗だと思う。それを、何でそういうケーキを食べる習慣があるのか?と質問する方が野暮だ。



 12月は大抵20日頃から大型連休に入るため、元々働く日数が少ない。その割には忙しいので、基本的に休めるような状況でない。この時期にノロウイルスやインフルエンザが流行するのも理解出来る。学生はこの連休前後が学期末の試験なので、学生だからと言って遊べるかというと、そうでもない。




 クリスマスは大人にとっては辛いものだと私は思っている。どうしたら山積みの仕事をこなし、プレゼントを家族全員に、しかも一人当たり何個も買いそろえ、それを綺麗に包装して、家を掃除をして、おまけに何種類ものディナーまで作れると言うのか。クルシミマスの間違いではないのか?と日本語の分からない人に言っても仕方がないが、クリスマスは楽しさより辛さが勝つなと思ってしまう。


 それでも近年クリスマスの買い物のほとんどを日本でする事にしてからクリスマス前のストレスが大分減った。日本のお店では親切で優しい店員さんたちが、クリスマス用にとても豪華に、しかも多くの場合無料で包装してくださる事が多いので、非常に助かる。品揃えも良いし、ショッピングが楽しい。




 今日は大型連休前の金曜日なので、多くの人にとって仕事納めの日でもある。先ほど上司にメリークリスマスとメールを打つと、すぐに短い返事が来た。職場のクリスマスディナーの席で、そういえばこの上司もクリスマスが嫌だと言っていた。


 その時に聞いたのだが、上司の家ではクリスマスディナーを数年前に廃止して、食べたい物を作るのだそうだ。なんて、ラディカルな。うちの家族はその点かなり保守的なので絶対に無理だが、私は羨ましいと思った。




 私はお節料理が好きではないので、お正月は大抵お餅を焼くだけで済ます。実はお雑煮すら作らない。母が昔作ったお雑煮には物凄く沢山の具材が入っていて、それをこちらで手に入れるのは不可能だし、作っても家族が喜ぶかどうか分からない。


 それでも一応真似だけのお正月をする。考えてみると日本のクリスマスと同じだ。それが我が家の祝い方で、小さな伝統になった。ミニチュアであっても鏡餅を飾ると、何となく雰囲気が出るものだ。


 クリスマスもお正月も最初はささやかな楽しみから始まった伝統だったのかもしれない。そう思えば自分なりの伝統を作っていけば良いのだけれど、それが中々難しい。贅沢な悩みだとは理解してはいる。

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