世界に、人生に、ヘヴィメタルが必要だ。

真野魚尾

貴君もメタラーにならないか。

 ヘヴィメタルはダサい。知っている。

 おそらく貴君の脳裏には、白塗りメイクに黒ずくめの男たちが、舌をベロベロさせながらこちらを威嚇しているイメージが浮かんでいることだろう。

 もしくは、筋肉モリモリのむくつけき男たちが、斧とか棍棒を振りかざして雄叫びを上げているイメージかもしれない。


 どちらも大体合っている。

 だが、それだけでは不十分だ。ヘヴィメタルとは、もっと多種多様なイメージを内包した懐の深い音楽でもあるのだ。



 この世の悪や理不尽に立ち向かう勇気を奮い起こすパワーメタル。

 死をめぐる絶望や悲愴、暴虐と恐怖を描くデスメタル。より叙情的なメロディック・デスメタルというのもある。

 世界各地の民族的情緒を取り入れたフォークメタル。

 オペラティックな歌唱とオーケストラサウンドに彩られたシンフォニックメタル。

 あらゆる技巧と表現の限りを尽くしたプログレッシブメタル。


 ほかにもたくさんの顔ぶれがメタルの世界にはひしめいている。それらは互いに異なるように見えて、同じメタルの血を引くきょうだいであり家族なのだ。


 同じことが、ヘヴィメタルを愛する世界中のメタラーたちにも言える。彼らは、否、我々は国境や文化の壁を越えて、メタルの名のもとに集ったきょうだいだ。メタルの絆は鋼鉄よりも硬いのだ。



 ところで、ヘヴィメタルの歌詞には「悪魔」や「邪悪」「地獄」といった単語が頻出する。やたらと悪を標榜するのは、決してゆえなきことではない。


 社会は我々に正しさを求める。明るく朗らかに、波風を立てず、行儀よく。そうした頭ごなしな押しつけに、息苦しさを覚えることもあるはずだ。


 そんなときのために、メタルは存在する。

 過度な正義の軛を逃れんとする自由への意志に、メタルは力強く手を差し伸べてくれる。


 メタラーが自ら「悪」を名乗るのは、一方的に正しいとされる価値観への反逆であり、それを貫くという、魂の決意表明なのだ。



 ヘヴィメタルは「悪」ではあるが、決して怖い音楽ではない。


 ステージの上を、会場のオーディエンスをよく見渡してみるといい。みんな幸せそうに顔をほころばせているではないか。日常のしがらみから己を解き放ち、生き生きと目を輝かせているではないか。


 ボーカルの叫びが高らかに天を突き、鋭角なギターリフが空間を切り裂く。リードギターが感情の奔流で大地を押し流すとき、ドラムは雷鳴の如く轟き、ベースは地響きとなって唸りを上げる。


 それらの要素は、貴君らが一見してメタルと認識していない、今日のロックやアニソンの中にも深く溶け込んでいる。すなわち、我々が生きる世界、ひいては宇宙そのものをメタルが形作っているといっても過言ではないのだ。



 もし貴君が実社会でいかに疎まれ、虐げられていようが、ヘヴィメタルという世界の中でなら堂々とイキって構わない。貴君がメタルに身を任せ、歌を口ずさんだ瞬間、ヘドバンをした瞬間、エアギターを始めた瞬間から、貴君はすでに立派なメタルウォリアーだからだ。


 ちなみに、風呂などでうっかり耳に水が入ったときは、メタルを聴きながら思いきりヘドバンをするといい。遠心力で水が抜けてくれることがある。

 ただし、周りにぶつかりそうな物がないか気をつけるように。メタルウォリアーは常に警戒を怠ってはならないのだ。



 ヘヴィメタルは最高にカッコイイ。もう知っていることだろう。


 つまるところ、強がりにすぎないのは百も承知だ。

 強い音楽を聴くと、強くなった気がする。それだけだ。逆に考えれば、人からダサいと思われる以外のデメリットはない。ポジティブな自己暗示に加えて、ストレス解消にもなる。一石二鳥だ。



 憂鬱な朝、職場や学校へ向かうのが億劫なとき、メタルは気合いを入れてくれる。

 仕事でやらかしたとき、ピックアップガチャに爆死したとき、メタルは悲しみを忘れさせてくれる。

 メタルはどんなときも我々の心に、魂に寄り添い、明日へ歩み出すための希望と勇気を与えてくれるのだ。


 迷うことはない。貴君らもぜひ今日から人生にヘヴィメタルを取り入れるのだ。

 メタルの世界はいつでも貴君の訪れを待ってくれているのだから。

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世界に、人生に、ヘヴィメタルが必要だ。 真野魚尾 @mano_uwowo

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