第4話 噂
優斗くんと橘さんの発表後、クラスの空気は決定的に変わった。
彼らへの賞賛の声は日増しに高まり、私と佐々木くんがこれまで享受してきた「クラスの中心」という地位は、もはや絶対的なものではなくなっていた。
真吾くんは、彼らが注目されるたびに不機嫌になっていった。「あいつら、調子に乗ってんじゃねーの?」と苛立ちを露わにしていた。
クラスでも部活でも、いつもその中心にいて賞賛を浴びてきた真吾くん。真吾くんが苛立っている様子ははじめてみた。
私の視線は、無意識のうちに優斗くんと橘さんを追うようになった。
彼らはいつも一緒にいて、参考書を広げて話し合ったり、時には楽しそうに笑い合ったりしている。
特に橘さんは、以前は無表情だったのが、秋原くんと話している時は、本当に楽しそうな笑顔を見せるようになった。
優斗くんも、中学の時とはまるで別人みたいに、自信に満ちた表情で、堂々と振る舞っている。彼の髪型も垢抜けて、以前の地味な印象はどこにもない。
二人の変化に私は驚きと、戸惑いを感じていた。
そんなある日、休み時間に友達と話していると、嫌な噂が耳に飛び込んできた。
「ねぇ、橘さんのこと、また変な噂流れてるよ」
「中学のとき教師と寝たらしいとか、大人しそうに見えて誰とでも寝るとか……」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓がドクンと鳴った。
まさか、そんな噂が? 私は初めて聞く話だった。
私には関係ないことだけど、少しだけ胸騒ぎがした。
その噂は、あっという間にクラス中に広まり始めた。橘さんは、クラスメイトから避けられるようになり、彼女の表情はみるみるうちに暗くなっていった。
私は、真吾くんと並んで、その様子を遠巻きに見ていた。
「ほら見ろよ、やっぱりあいつ、そういう奴なんだよ」
真吾くんが、勝ち誇ったように言い、クラスの男子生徒に橘さんの噂について熱心に話をしていた。
彼の言葉には、橘さんへの同情など一切なく、ただ自分たちの優位性を再確認するような響きがあった。
真吾くんのそんな態度に、私はまた、違和感を覚えた。
優斗くんの行動は、私の予想を裏切るものだった。
橘さんがクラスで孤立していく中、優斗くんだけは、変わらず橘さんの隣にいた。休み時間も、放課後も、彼は橘さんから離れようとしない。
心配そうに橘さんに話しかけ、時には、噂を流しているような生徒たちを睨みつけるような視線を送っていた。
数日後、橘さんの席は、空っぽだった。
翌日も、その翌日も、橘さんの席は空いたままだった。
彼女は、学校に来なくなったのだ。
優斗くんは、橘さんの空席を心配そうに見つめ、何度もスマートフォンを手にしていた。
彼が、橘さんにメッセージを送ったり、電話をかけたりしているのが分かった。しかし、橘さんからの返事はないようで、優斗くんの表情は、日に日に焦燥感を募らせていた。
私は、どうして優斗くんが、そこまで橘さんに優しくするのかわからなかった。
クラスの中で、一人静かに本を読んでいた大人しい子。
噂の内容が本当かどうかはわからないけれど、そんな噂が流れるくらいだから、何かしらの問題があるに決まっている。
正直、あの現代社会の発表の内容を、二人の高校生がまとめ上げたというのは信じられず、体を使って教師に媚びを売ってきたという噂に納得してしまった自分がいた。
化粧もしておらず、野暮ったいけれど、小柄な割に大き目の胸に女子高生というステイタス。教師を味方に付ければ、あんな発表も準備できるのかもしれない。
そして、私は、優斗くんのことが心配だった。
中学時代から、彼はいつも私の影に隠れるような存在だった。私が少し優しくしてあげるだけで、嬉しそうにしていた。
そんな彼が、今、クラスで噂の的になっている橘さんのことで、こんなにも心を痛めている。
もし、優斗くんまで、橘さんの噂のせいで変な目で見られたら?
もし、優斗くんが橘さんと関わることで、何か良くないことが起こったら?
私は、優斗くんのことを心配していた。
私は彼の少ない友人として、彼がこれ以上傷つくのを止めなければいけない。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
放課後、私は教室で一人、橘さんの空席を眺めている優斗くんに近づいた。
「優斗くん、橘さんのこと、心配してるの?」
私の声は、できるだけ優しく、心配している気持ちが伝わるように意識した。
「うん……連絡も取れないんだ」
優斗くんの声は、力なく、沈んでいた。
「あのね、優斗くん。私、優斗くんのこと、心配なんだ」
私は、少し躊躇しながら、でも、彼のためを思って言葉を選んだ。
「橘さんのこと、あんまり深入りしない方がいいと思うよ」
優斗くんの目が、私をまっすぐ見つめた。その瞳には、少しだけ反発の色が浮かんでいるように見えた。
「どうしてだよ。橘さんは、そんな噂を流されるような人じゃない」
優斗くんが反論すると、私は困ったように眉を下げた。
「でも、みんな、そう言ってるし……。」
私は、優斗くんを心配する気持ちからそう言った。
優斗くんは、私に対して返事を返すことなく、憮然とした表情で、そのまま教室を出て行った。
彼の背中を見送りながら、私の心には、複雑な感情が渦巻いていた。私は、優斗くんのためを思って言ったのに。
でも、彼のあの表情は、一体何を意味していたのだろう。
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