第12話 夏祭りの夜

 ショッピングモールでのデートは、私にとって初めての、そしてとても楽しい経験だった。


 優斗くんと一緒に服を選び、新しい自分を発見する喜びを分かち合う。

 彼が私を「可愛い」と言ってくれた時、そして彼自身も新しい服でさらに魅力的になった姿を見た時、私の中で彼への恋心は一層深く、確かなものになっていった。


 ――彼に釣り合う、もっと素敵な私になりたい。


 その決意を胸に、私たちはカフェで他愛もない会話を楽しみ、充実した時間を過ごした。


 カフェを出て、ショッピングモールの中を歩いていると、大きな掲示板に貼られた夏祭りのポスターが目に飛び込んできた。

 色鮮やかな花火の写真が、私の心を惹きつける。


「この、夏祭りのポスターなんだけど……もし、よかったら……その、一緒に、行かないか?」


 優斗くんが、少し上ずった声で、でも精一杯の勇気を振り絞って誘ってくれた時、私の心臓は大きく跳ねた。

 夏祭り。優斗くんと二人で。


「はい! ぜひ!」


 私は、満面の笑顔で応じた。

 彼が私を誘ってくれたことが、何よりも嬉しかった。

 この夏休みは、優斗くんと過ごす、特別な夏になる。そんな予感がした。





 夏祭り当日。


 私は、朝からソワソワしていた。

 浴衣を着て優斗くんと会うなんて、想像するだけで胸が高鳴る。

 どんな浴衣にしようか、髪型はどうしようか。鏡の前で何度も試行錯誤した。

 優斗くんに「可愛い」と思ってもらいたい。その一心だった。


 待ち合わせ場所に向かう途中も、慣れない下駄の音と、浴衣の裾が擦れる音が、私の緊張をさらに高めた。

 少し緊張しながら優斗くんを待っていると、遠くから、見慣れない、でも見間違えるはずのない姿を見つけた。


 そこにいたのは、浴衣を着て、髪をふんわりとアップにした優斗くんだった。

 夜店の提灯の柔らかい明かりが、彼の顔を照らしている。

 普段の制服姿とは全く違う、大人びた彼の姿に、私は思わず息を呑んだ。

 なんだか、とても格好良くて、見惚れてしまった。


「あ、秋原くん!」


 私が手を振ると、優斗くんは私に気づき、笑顔で手を振り返してくれた。彼の笑顔は、夜祭の喧騒の中でも、ひときわ輝いて見えた。


「橘さん……」

 優斗くんが、私の浴衣姿を見て、少し驚いたような、でも嬉しそうな顔をしたのが分かった。

 その視線に、私は少し照れたけれど、同時に、彼に「可愛い」と思ってもらえたような気がして、胸が温かくなった。


 私たちは、一緒に夜店を回った。


 射的の屋台では、優斗くんが私のお願いした景品に狙いを定めて倒してくれた。

 金魚すくいでは、私がなかなか金魚をすくえずに苦戦しているのを見て、優斗くんが代わりに何匹か金魚をすくってくれた。「秋原くん、すごい!」と私が褒めると、彼は少し照れたように笑った。

 たこ焼きや焼きそばを分け合って食べ、冷たいかき氷を二人でつついた。


 他愛もない会話をしながら、祭りの賑わいを満喫した。

 優斗くんといると、どんなことでも楽しくて、自然と笑顔になれた。


 花火が上がる時間になり、私たちは少し離れた場所へ移動した。

 夜空に、色とりどりの花火が次々と打ち上がった。ドーン、と大きな音が響き渡り、夜空に大輪の花が咲く。


「わぁ……綺麗……」


 私が感動したように空を見上げると、隣にいる優斗くんの横顔が、花火の光に照らされて、幻想的に輝いていた。


 私は、何度も優斗くんの顔を見てしまう。


 彼の横顔、花火を見上げる真剣な眼差し、そして時折私に向けてくれる優しい笑顔。その全てが、私の心を強く揺さぶった。


 この瞬間がずっと続けばいいのに、と心から願った。


 花火が終わると、祭りの賑わいも少しずつ収まってきた。

 私たちは、帰り道をゆっくりと歩いていた。 静かな夜道に、虫の声が響いている。


「ねぇ、秋原くん」


 私が、ふと立ち止まって優斗くんを見た。

 優斗くんと出会ってから、私の世界は大きく変わった。

 中学時代に負った心の傷は、彼の優しさで癒され、再び流された噂に絶望した時も、彼は私を信じ、支えてくれた。

 グループワーク、勉強、そして今日のデート。全てが、彼のおかげで、私にとってかけがえのない経験になった。


 私の瞳が、彼をまっすぐに見つめる。

 感謝の気持ちが、私の心から溢れ出す。


 彼の隣で、こんなにも輝いている私。

 彼の笑顔を見るたびに、私の心は温かくなり、満たされていく。

 この強く、温かい感情は、もう友情なんかじゃない。


 これは、紛れもない「恋」だ。

 優斗くんのことが、好き。

 私の心の中で、優斗くんへの想いが、溢れ出しそうになっていた。

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