第19話 夏の思い出

 カフェを出て、ショッピングモールの中を歩いていると、ふと、僕の目に止まったものがあった。 大きな掲示板に貼られた、色鮮やかなポスター。


『夏祭り開催!』


 花火の写真が大きく載っていて、開催日時や場所が書かれている。


 夏祭り……。 橘さんと一緒に行けたら、どんなに楽しいだろう。でも、僕なんかが誘って、迷惑じゃないだろうか。

 心臓がドクドクと音を立てる。瑞希に言われた「自分から話しかける勇気」が試されている気がした。


 意を決して、僕は橘さんの方を向いた。


「あの、橘さん……」


 僕が声をかけると、橘さんは不思議そうに僕を見た。


「この、夏祭りのポスターなんだけど……」


 僕は、掲示板を指差した。


「もし、よかったら……その、一緒に、行かないか?」


 僕の声は、少し上ずっていたかもしれない。顔が熱くなるのを感じる。


 橘さんは、僕の指差すポスターを見て、それから僕の顔を見た。


「夏祭り……はい! ぜひ!」


 橘さんは、僕の誘いを、満面の笑顔で受け入れてくれた。



 そして、夏祭り当日。僕は、瑞希に「お兄ちゃん、これ着て行きなよ! 絶対似合うから!」と強引に勧められた浴衣を着て、待ち合わせ場所に向かった。

 慣れない浴衣に少しソワソワしながら、人混みの中に橘さんの姿を探す。少し緊張しながら待っていると、遠くから、見慣れない、でも見間違えるはずのない姿を見つけた。


 そこにいたのは、浴衣を着て、髪をふんわりとアップにした橘さんだった。

 伊達メガネはかけていない。夜店の提灯の柔らかい明かりが、彼女の透き通るような白い肌と、艶やかな黒髪を照らしている。

 小柄な体には少し大人びた柄の、落ち着いた色合いの浴衣がよく似合っていて、いつもよりずっと大人っぽく、そして何よりも、息を呑むほど美しかった。


「あ、秋原くん!」


 橘さんが僕に気づき、笑顔で手を振った。その笑顔は、夜祭の喧騒の中でも、ひときわ輝いて見えた。


「橘さん……」


 僕の心臓が、ドクンと大きく鳴った。これが、僕の知っている橘千栞なのか? 彼女の美しさに、僕はただ見惚れるしかなかった。


 僕たちは、一緒に夜店を回った。

 射的の屋台では、僕が狙いを定めて景品を倒すと、橘さんは子供みたいに手を叩いて喜んでくれた。

 金魚すくいでは、橘さんがなかなか金魚をすくえずに苦戦しているのを見て、僕が代わりに何匹か金魚をすくってあげると、彼女は「秋原くん、すごい!」と目を輝かせた。

 たこ焼きや焼きそばを分け合って食べ、冷たいかき氷を二人でつついた。

 他愛もない会話をしながら、祭りの賑わいを満喫した。


 花火が上がる時間になり、僕たちは少し離れた場所へ移動した。

 夜空に、色とりどりの花火が次々と打ち上がる。ドーン、と大きな音が響き渡り、夜空に大輪の花が咲く。


「わぁ……綺麗……」


 橘さんが、感動したように空を見上げている。その横顔は、花火の光に照らされて、幻想的に輝いていた。

 僕も、隣にいる橘さんの横顔を見つめながら、この瞬間がずっと続けばいいのに、と心から願った。


 花火が終わると、祭りの賑わいも少しずつ収まってきた。

 僕たちは、帰り道をゆっくりと歩いていた。静かな夜道に、虫の声が響いている。


「ねぇ、秋原くん」


 橘さんが、ふと立ち止まって僕を見た。


「私、秋原くんと出会って、本当に変わることができました。グループワークも、勉強も、そして、こうして一緒に服を選んだり、お祭りに行ったり……。全部、秋原くんのおかげです」


 橘さんの瞳が、僕をまっすぐに見つめる。


「本当に、ありがとう」


 その言葉は、僕の心に深く響いた。

 僕の隣で、こんなにも輝いている橘さん。 彼女の笑顔を見るたびに、僕の心は温かくなり、満たされていく。


 莉乃を失った時とは違う、新しい感情が、僕の胸の中で芽生えているのを感じた。

 それは友情とは違う、もっと特別な感情。 僕の心の中で、橘さんへの想いが、溢れ出しそうになっていた。

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