第17話 伊達メガネの秘密

 期末テストでの成功は、僕と橘さんの関係をさらに強固なものにした。


 学年1位と2位という結果は、僕たちの努力が報われた証であり、何よりも橘さんを苦しめていた悪意ある噂を打ち破る大きな力となった。クラスメイトたちの僕たちを見る目は、もはや疑念ではなく、純粋な驚きと尊敬に満ちていた。


 夏休みに入っても、僕たちは勉強会を続けた。

 学校の図書室が閉まっている日は、駅前のカフェで待ち合わせるのが習慣になっていた。冷たいアイスコーヒーを飲みながら、数学の問題を解いたり、英語の長文を読んだり。隣に橘さんがいるだけで、どんなに難しい問題も、なぜか解けるような気がした。



 ある日の午後、いつものようにカフェで勉強していると、ふと、僕の視線は橘さんの顔に吸い寄せられた。


 彼女はいつも、真剣な表情で参考書を覗き込んでいる。

 その鼻の奥に、いつも乗っているメガネが不自然なことに、僕は改めて気づいた。


「ねぇ、橘さん」


 僕が声をかけると、橘さんは顔を上げて、不思議そうに僕を見た。


「橘さんって、いつもメガネかけてるけど……もしかして、伊達メガネ、なのか?」


 僕が尋ねると、橘さんは一瞬、目を見開いて、それから少しだけ俯いた。


「……うん、そうです。よく、気づきましたね」


 彼女は、小さな声で認めた。


「どうして、伊達メガネを?」


 僕が問いかけると、橘さんはしばらく沈黙した。カフェのBGMだけが、静かに流れている。

 やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。


「私、中学の時、その……色々と、辛いことがあって……」


 彼女の声は、少し震えていた。


「噂が広まって、学校に行くのが怖くなって、誰とも話したくなくなって……。それで、自分を隠すために、このメガネをかけるようになったんです。これをかけていれば、誰も私に気づかないような気がして……」


 橘さんの言葉は、僕の胸に深く突き刺さった。

 彼女がどれほどの絶望と孤独を抱えていたのか、その言葉の端々から伝わってくる。


「でも……」


 橘さんは、そこで言葉を区切り、顔を上げた。その瞳が、僕をまっすぐに見つめる。


「秋原くんが、私の家まで来てくれて、私を信じてくれて、一緒に頑張ろうって言ってくれた時……私、すごく嬉しかった。秋原くんのおかげで、もう一度、前を向くことができたんです」


  彼女の目には、感謝の光が宿っていた。


「だから、もう、このメガネは、必要ないかなって……」


 橘さんは、そう言って、そっとメガネを外した。


 メガネを外した橘さんの顔は、本当に美しかった。大きな瞳は、吸い込まれるような輝きを放ち、透き通るような白い肌は、カフェの柔らかな光を受けて輝いている。

黒髪が、彼女の清楚な魅力を際立たせていた。

 僕は、その美しさに息を呑んだ。


「橘さん……」


 僕が思わず呟くと、橘さんは少し照れたように頬を染め、視線を逸らした。


「私、秋原くんのおかげで、変わることができました。本当に、ありがとう」


 彼女の言葉は、僕の心に温かい波紋を広げた。


 僕の隣で、こんなにも輝いている橘さん。彼女の過去を知り、彼女がどれだけ強い心を持っているのかを改めて感じた。

 そして、僕が彼女の笑顔を取り戻す手助けができたことが、何よりも誇らしかった。


 その日の帰り道、僕は少し照れたように、でも真剣な気持ちで橘さんに言った。


「あのさ、橘さん。僕も、ファッションとか、あんまり詳しくないんだけど……」


 僕は、瑞希に言われた言葉を思い出した。自分を変える努力。


「もしよかったら、今度、一緒に買い物に行かないか? 橘さん、メガネない方が絶対可愛いから、もっと色んな服、似合うと思うんだ。僕も、瑞希に言われたんだけど、もっと自分に似合う服を見つけたくて……」


 僕がそう言うと、橘さんは目を丸くして、それから、満面の笑顔を浮かべた。


「はい! ぜひ!」


 その笑顔は、僕が今まで見た橘さんの笑顔の中で、一番輝いていた。

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