第8話 共同作業

 橘さんと二人だけのグループワークが始まってから、僕の高校生活は少しずつ、しかし確実に彩りを増していった。


 最初はぎこちなかった会話も、AI技術という共通のテーマに向き合ううちに、自然と弾むようになった。

 図書室での共同作業は、僕にとって初めての経験だったが、橘さんと向き合う時間が増えるにつれて、僕の心は前向きな感情に満たされていった。


 僕たちは「AI技術の社会インフラ化について」というテーマを深掘りするため、連日放課後に図書室で顔を合わせた。

 橘さんは、僕が漠然としか理解していなかったAIの概念を、分かりやすい言葉で説明してくれた。彼女の知識の広さと、それを論理的に組み立てる能力には、いつも感嘆させられた。


「秋原くん、このAIの倫理的な問題について、もう少し掘り下げてみませんか? 社会インフラになるなら、避けて通れない部分だと思うんです」


 橘さんは、そう言って関連書籍を僕に差し出す。


 僕は数学や理科が得意で、AIの技術的な仕組みには興味があったけれど、社会や倫理といった側面はあまり考えていなかった。

 そのため、橘さんの視点は、常に僕に新しい視点をもたらしてくれた。


 僕も、橘さんが苦手とする数式や、複雑なアルゴリズムの概念を、図や例え話を使って説明するように努めた。僕が説明すると、橘さんは真剣な表情で頷き、すぐに自分の言葉でノートにまとめていく。

 互いの得意分野を活かし、自然と協力体制が築かれていった。


 ある日、橘さんが提案した。


「実際にAIを扱っている企業の方に、お話を聞いてみませんか?」

 

 僕は一瞬たじろいだ。そんなこと、高校生にできるのだろうか。


「……そういえば、僕の父がIT企業に勤めているんだ。もしかしたら、何か話を聞けるかもしれない。ダメ元で、父に相談してみようか?」


 僕がそう提案すると、橘さんは目を輝かせた。


「はい! ぜひお願いします!」


 父に相談してみると、意外にも快く引き受けてくれた。父の会社で、AI技術開発に携わっているという社員の方に、オンラインでインタビューさせてもらえることになったのだ。


 インタビュー当日。僕たちは緊張しながら、父の会社の会議室の一角を借りて、パソコンの前に座った。画面越しに現れたのは、優しそうな雰囲気のベテランエンジニアの方だった。


「本日はお忙しい中、ありがとうございます。秋原優斗です。こちらは橘千栞さんです」


 僕が自己紹介すると、橘さんも深々と頭を下げた。


「AI技術の社会インフラ化について、いくつか質問させてください!」


 僕たちが事前に用意した質問リストに沿って、次々と質問を投げかける。

 エンジニアの方は、僕たちの質問に丁寧に答えてくれた。AIがどのように社会に役立っているか、どんな課題があるか、そして未来の展望について。


 専門的な内容も多かったけれど、僕たちは必死にメモを取り、理解しようと努めた。

 特に印象的だったのは、エンジニアの方が言った言葉だ。


「AIはあくまで道具です。それをどう使うかは、人間の倫理観と知恵にかかっています。だからこそ、皆さんのような若い世代が、AIと社会の関わりについて深く考えることが、とても大切なんです」


 その言葉は、僕たちのテーマの重要性を改めて教えてくれた。


 インタビュー後、僕たちは得られた情報を元に、本格的にレポート作成に取り掛かった。

 橘さんは、インタビューで得た生の声や、膨大なリサーチ結果を、分かりやすく、そして説得力のある文章にまとめ上げていく。僕も、図やグラフを作成したり、技術的な解説部分の表現を考えたりした。


 夜遅くまで、オンラインで連絡を取り合い、お互いの原稿をチェックし合った。

 橘さんの文章は、僕には思いつかないような表現力に富んでいて、読み手を引き込む力があった。

 僕の論理的な構成と、橘さんの表現力が合わさって、レポートは完璧なものへと仕上がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る