1話 月朔
むせ返るような花の臭い。
空々しいシュクフク。
何となく見覚えのあるスチル。
居心地の悪い、足場。
ああ、知ってる。
この間撮った、何とかってゲームだ。
何だって、俺はこんな夢を見てるんだ?
入院なんてしたからか。
普段は仕事の夢なんざ、見やしないのに。
見や…してたのはいつの事か。
俺は、いつからこなすだけの仕事をするようになったのか。
夢?あった気もする。
何だったけ…
ああ、そうだ。
役者になりたかった。
舞台でも、映画でもいい。
重厚な、存在感のあるそんな役者。
食うために始めた声優で、うっかり人気なんか出てしまって、抜け出せなくなって。
ちやほやされて、舞い上がって。
でも、芝居は芝居。
それなりに楽しんだが、熱は覚めた。
チマチマと貯めた金が、そこそこの額になり、ちょっと休むかと、セーブしながら仕事してたら、あっという間に十年経っていた。
何とかなるもんだな?と、思ったが、流石に金は尽きるし、お子さま向けの番組を見ていたやつらはいい年になり、俺を引っ張り出したがる。
で、何で女子供のオモチャの仕事なんだよ。
溜め息しか出ないが、金払いはいい。
仕事だ、仕事。
と、割りきろうとしていたが、気持ちは割りきれてなかったらしい。
最近は何だな。
芝居だけじゃなくて、イベントやらにも引っ張り出される。
芝居をしない空間に、押し出される苦痛。
そりゃ、倒れもするってもんだ。
胃潰瘍、だと。
ぽっかりと穴が胃に開いた。
酒?タバコ?悪いか。
イベント会場で気を失って、
目覚めたら、シラナイ天井ってやつだ。
年は取りたくないねー。
「[[rb:勢雄 祥匡 > せお よしまさ]]さん?」
病院で喫煙室を探してうろうろしてたら、談話室があった、が禁煙。
ったくよ。
見れば…中学生か?
あの、何とか言うゲームの影響か?
?
「あ、あたし、『だいこうかいものがたり』のキャプテンが大好きなんですぅ…」
と、キラキラした目で言いやがる。
ん?でも、
「お嬢ちゃん、生まれる前だろ?あれ」
俺が日銭欲しさに初めて演った吹き替え。
三十年は前だぞ?もっとかも知らんが。
聞けば、母親の影響だと。
いろいろ捲し立てられたが、半分以上聞き流してしまった。
「イベントで倒れられたのですよね。すいません、長話してしまって。クリス様も大好きです!」
と、言うと彼女は器用に車イスを回して出ていった。
ああ、何とか云うゲームキャラ、クリスって、言ったっけ?
チャラチャラした、灰色の頭した男。
二人も子供がいる男を恋愛対象にするとか、世の中わからんわ。
……タバコ吸いてえ…
「ダメですよ?」
声にしてたのか?回診のナース…て、言っちゃいかんのか、めんどくせぇ。
看護師が言う。
「お仕事的にも、タバコは良くないと思いますけど?」
しゃらくせぇ。
「そうですけどね、止められなくて」
営業用の顔で答えると、看護師は吹き出した。
「胃潰瘍で入院してるんですから、ストレス溜めるようなコトしなくていいですよ」
見透かされていたらしい。
「入院とか、退屈極まりないな」
「ゲームでもします?【デイムメイカー】とか」
「なんだそりゃ?」
「……ご自分が出演されてたゲームですよ。そのイベントで倒れたんじゃないですか」
「だっけ?」
看護師が大きく溜め息をついた。
「いろいろあるとは思いますけどね……ご自愛ください」
そう言うと、病室から出ていった。
【デイムメイカー】……ねえ?
とは言え、俺はちょい役だ。
個別で録音するゲームじゃ、全体の話なんざ、把握出来るかってんだ。
俺がゲームの録音に偏見があるのはこの辺だ。
言葉だけを話す。
そこにある感情は、芝居は、果たしてホンモノなのか?
それにしても、腹へった。
タバコ吸いてえ。
酒、呑みてえ。
「クリス様の子供は一人ですよ?」
件の中学生…と思ったら、高校生だった。
杉田
談話室でちょいちょい会うようになって、暇潰しに話すようになっていた。
なんでも、入学式の朝に骨折して入院したらしい。
気の毒なこって。
その上、還暦近いオッサンの相手までしてくれるとは。
「?チャラチャラした灰色の髪の兄貴と、出来のいい妹じゃなかったか?」
設定くらいは知ってるぞ?
記憶の彼方だが。
呆気にとられてる?と、廊下に向かって嬢ちゃんが声をあげる。
「それ…あ!志山さん!!良いところに!!」
と、看護師を呼び止める。
「杉田さん、院内ではお静かに…と、勢雄さん?どっちがナンパしたの?」
「あたし。や、それより、勢雄さん、おかしい!」
なんだと?
「杉田さん、目上の方に失礼ですよ?」
「だって!クリス様に子供が二人って!セイレン様を銀髪って!!」
看護師と小娘は異なものを見る目で俺を見る。
「なんか、違ったか?直近の仕事はそれしかしてないから、確かだと思うが?」
「ゲームでのセイレン様は、赤い髪です」
?ああ、そうか。
キャラ表はそうだっけ。
でも、灰色ってか、白い頭の方がしっくりしてる。
「分岐とか、別シナリオとかじゃねえの?
あったっけ?声なしかも知れんし」
「それ…別シナリオって言うか…」
小娘が言う。
「別世界…」
看護師が言う。
なに言ってるんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます