2話 水端
セイレンは手の掛らない子だし、
それに輪を掛けてミリアには手が掛からない。
余りの大人しさに耳が聴こえないのではないかと心配したが、こちらの声には反応があったし医者にも問題無しと言われた。
俺はミリアの泣き声を聞いたことがない。
確かに昼間は仕事で家には居ないが、メイドたちも聞いたことがない、と言う。
セイレンが始終構っていて、どんな悪戯を仕掛けてもきゃっきゃっしている。
立ち上がって、歩き出すと可愛さは倍増した。
髪の毛が薄いのが気掛かりではあるが、それ以上に気になったのは銀髪だ。
セイレンもミリアも俺と血は繋がっていないのに、まるで親子のような見た目。
かつては、俺の子だった二人。
ミリアがメアリから産まれてくる筈だった娘としたら、次期に死ぬのか?
あれは何時だった?
仕事から帰ると何者かに庭で殺されていたミリア。
始終目を離さないメイド達に気付かれないように連れ出す事は可能なのか?
俺はメアリが死んで捨鉢になっていたこともあって、ミリアの死の真相まで気が回らなかった。
しかし、冷静になって考えれば、セイレン以外考えられない。
思い出せ!セイレンとミリアの関係性はどうだった?
目の前に、血塗れのミリアを抱いたセイレンが立っている。
セイレンを学校に入れようと、下見を兼ねた試験に連れ出した日の事だ。
離れて暮らせば、殺す隙が無いのではという下手な考えからだったが。
セイレンを車から先に下ろし、駐車してくる間に何が起こったんだ?
なす術もなく、ミリアを抱き抱えるだけで、朦朧とするセイレン。
玄関から中の者へ大声を出す。
「イーラ!アルラ!サーラ!誰かミリアの止血を!医者は俺が連れてくる!」
そういうと、アルラが真っ先に駆け付けてきた。
セイレンからミリアを奪い取りアルラに渡す。
「頼んだぞ」
アルラに告げ俺は車へと玄関を出た。
茫然と立ち尽くすセイレンを慮ることなど出来なかった。
引き摺るように連れてきた医者に治療をさせる。
ミリアは怪我からの発熱で小さい体を震わせている。
玄関で固まっていたセイレンは、俺が医者を呼んでくる間にイーラが部屋へ連れていこうとしたが、ミリアの部屋の前に蹲って動こうとしない。
動き回るメイド達の動線の邪魔にならないようにしているのは無意識の配慮なんだろうか。
慌てて頭に血が昇ってしたとはいえまだ七つの子を疑った上、邪魔者扱いしたことを俺は悔いた。
しかし、セイレンの目は俺を、いや何も映していないし、誰の声も届かない。
放心状態のセイレンは、服を血塗れにしたままミリアの傍らから微動だしようとしなかった。
明け方頃、ミリアの手を握り朦朧としていたセイレンを、何とか離し部屋へ運び着替えをさせた、とイーラから報告があった。
部屋に運ばれてからと云うものセイレンは閉じ籠って食事さえ出てこない。
ったく、誰だよ、部屋に鍵取り付けたの!
俺だよ!
いずれ来るお年頃の時を思って取り付けといてやったんだよ!
悪いか!
何で部屋にバス・トイレ付いてんだよー!
それも、俺だよー!
いずれ来る…以下同文。
くっそ…何やってんだ、俺!
俺はセイレンに謝らせても貰えなかった。
三日三晩ミリアは熱に冒されていた。
四日目の朝、目を醒ましたミリアは額に大きな繃帯が貼られているものの、すりおろし林檎を口にしながら、健気にも俺に向かって笑顔で手を延ばす。
「良かった、良かったな」
泣きそうになりながらミリアを抱きしめる。
じっーと俺の顔…目か?見詰めて何かを確認しているようだ。
「にー…」
と、か細い声を出し辺りを見回す。
「セイレンか?なあ、ミリア、ちょっと協力してくれないかな」
そう言うと、こくんと頷く。
頷くって、君まだ十ヶ月じゃなかったですっけ?
「ミリアが目を醒ましたよ」
ミリアを腕に抱いて、部屋の前でそう言うと、周章てて扉へと駆け寄ってきた音がして止まる。
?何故開けない?
扉の向こう側から微かに何か聞こえたその時、ミリアはその身を乗り出し、扉に向かってにーにーと叫んでいる。
「み、ミリア、危ないから!」
部屋の中の異常を察しているかのようだ。
いや、察しているのか?
漸く開いた扉に向かってミリアは飛び出す。
上手いことセイレンが受け取ってくれて良かったが、彼はその衝撃で床に尻を着いていた。
セイレンの胸にミリアは引っ付いて、それを見たセイレンはやっと俺の顔を見る。
「……ご免」
「いや、俺が悪かった」
セイレンが言い終わる前に言葉を被せる。
「もう、いいから」
と、頭を撫でると小さなミリアの体に頭を埋めて静かに泣き出した、かと思ったら寝てる。
俺はミリア毎セイレンを抱き抱えて、ベッドに運んで一緒に寝かせた。
セイレンとミリアの仲は良好だろう、と結論付ける。
ミリア三才、セイレンは十才になり学校へ入った。
ミリアは聡く、奇妙な子になった。
寝てるか本を読んでいるか奇っ怪な動きをしているらしい。メイド談。
だからというわけではないが、遊び相手を見繕ってやった。
町の子だか急に字が読めるようになったと言う話を聞いて、聡い子ならば話し相手に位なればと思った。
だが、この子は。
「ラウノ君だね。家のミリアは三才何だか最近知識欲が旺盛でね。是非一緒に学んで貰いたいんだか…」
「はいっ!勿論です!」
この子は、セイレンに殺される子ではないか?
実際、ラウノが家には来たのは実質半日だった。
ミリアとは上手くやっていて、書庫に籠って二人で話していたと言う。
けれど。
セイレンは手に掛けた。
俺も見ていた前で、その少年は消えた。
俺は、俺が繰り返す時もこんな風に消えているのか?という気がした。
人を自分の手で殺めたことに、茫然と立ち尽くすセイレンを抱き締めてやることしか出来なかった。
メアリには一向に出会える気配はないのに、マーリアが現れた。
セイレンを追っかけ回し、時に結婚する娘。
この前、俺が結婚式を挙げた娘だ。
まあ、いい。
“前”と“今”は繋がらない。
この女、今回はミリアを殺そうとしやがった。
何かに操られているように焦点が定まらない目で、ぶつぶつ呟いていやがる。
俺より先に、セイレンが動いた。
けれど、手を下すことは出来ないらしい。
何となく分かった。
こいつは“鍵”だ。
俺はセイレンを止めた。
それから間も無くして、セイレンとミリアは結婚することになった。
収まる所に収まったと言うことだろう。
俺は三十五才になっていた。
そう言えば久し振りにこの年になったな。
今回は十八からだから長かったなーなんて染々しちまった。
セイレンが吃驚するくらい腑抜けだから、一層の事ミリアを掻っ攫おうかとも思ったがそうは行かなかった。
俺はこの後どれくらいこいつらと居られるんだろう。
今回は、セイレンもミリアも変わっていて面白かったな。
──そうして、
ミリアが産まれた子にメアリと名付けた。
俺は別に何も言ってない。
ミリアに聞いたら、何となく頭に浮かんだそうだ。
まさか、な。
「じぃ!」
屈託なく幼いメアリが俺を呼ぶ。
おいおい、俺まだ四十だぞ。
じじぃ呼ばわりさせんなや。
「ク・リ・ス」
名前で呼ばせようとする。
「何、言ってるですか、
セイレン、酷くないか。
けど、俺は味わった事の無い充実感に浸っていた。
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