7話 承転
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真っ赤な髪をしたセイレン。
赤い髪、似合ってないよ?
何が起こるんだ?と一応警戒する。
「ねえ。なんで生きてるの?」
知らん。
死ななかったからだろう、と言いたい。
「君は生きていてはいけないんだよ」
赤い髪のセイレンの手には、大きいナイフが握られている。
ああ。
これは修正ってやつなのか。
と、妙に冷静になる。
あたしは赤い髪のセイレンに殺されなきゃ、話が続かないんだな。
取って付けたような赤い髪をしたセイレンの登場。
熱したバターナイフがバターに飲み込まれるように、ナイフがわたしの胸に入って行く。
じっーとナイフを凝視するあたしを、赤い髪のセイレンは、泣きそうな困惑した顔で見てる。
そんな夢を見た。
夢だ。
気持ち悪い。
赤い髪のセイレンに刺された胸が痛い。
その日わたしはこの世界で働きだして初めて仕事をサボった。
「今日は寝る」
社長も上司も同居なので食卓で宣言した。
とーちゃんが無理はしなくて良い、とだけ言ってくれた。
私室のベッドに潜り込み午前中をぐだぐだと過ごす。
アルラがわたしの様子を伺い乍ら、邪魔にならないように部屋を整えてくれている。
多分とーちゃんかにーちゃんから見守るよう頼まれているのだと思う。
邪魔だよね、ごめんね。と横になったまま言うと、たまにはサボる事も必要ですよ。と返ってきた。
横になったままだと余りに失礼かなと思ったので、上体を起こしベットに座りアルラと目を合わせる。
アルラは、こほんと咳を真似、自分の体を叩く動作をすると、失礼いたしますと告げると抱き付いてきた。
「どうか、どうか私の目の届かない処で傷つかないで下さい」
アルラは子供部屋で自分が目を離した事で、わたしが怪我したことに責任を感じてるらしい。
「目の届くところならいいの?」
「そしたら、私が守りますから!」
二人して吹き出した。
午後からはアルラとお菓子を焼いて過ごした。
と、いっても小麦粉と卵と牛乳をさくっと混ぜてスプーンでぺたぺちと天板に並べて焼くだけだ。
砂糖は少な目にする。
明日は休みの日ではないけどにーちゃんを宅飲みに誘うべき酒肴のつもりだ。
ホントはスルメとか枝豆とかカワハギとか唐揚げとか厚焼き玉子とか子持ししゃもとか肴にしたいが、ワインには合わない。
てか、なんでワインしか酒がないんじゃ!この世界。
と、云うことで林檎やらオレンジやらをワインにぶっこんでサングリアも準備する。
エントランスでにーちゃんの帰りを今か今かと待っていた。
表で自動車の音がする。
帰って来た!わたしは待ってましたと玄関の扉を開ける。
お帰りなさい!
にーちゃんは少し驚いた後、柔らかく微笑む。
「ただい…」
にーちゃんか言い終わる前に黒い影が目の前を遮る。
マーリア嬢。
「アナタ、ダメ…アナタジャナイ…」
彼女の白い指がぬうっと視界に入る。
わたしの首を目指していただろうモノは触れる寸前に止まる。
にーちゃんが、マーリア嬢の後ろから彼女の両手首を掴んでいる。
車を停めたとーちゃんが駆けてきてマーリア嬢の頬を叩く。
わたしはアルラとサーラに抱えられ後ろへと引き離される。
マーリア嬢の手首を掴んだままのにーちゃんは冷たい顔をしている。
あ、ラウノ君に紹介したときのにーちゃんだ、と思った。
がくんと、マーリア嬢の膝が堕ちる。
何故…?ようやく口から言葉が出る。
顔を上げたマーリア嬢は夢の中の少年のように瞳に光がない。
「チガウ……チガウ……」
何が?いや、知ってる、確かにわたしは違う。
何も言えない。
何も出来ない。
マーリア嬢から目を離せない。
何を言おう。
何をしよう。
まるで、映画を見てるように他人事で。
固唾を呑んで次のシーンを待ち望んで。
冷ややかに固まっている身体。
沸騰するような頭の奥。
じんじんと痺れる指先。
ぎゅるぎゅると吸い込まれる内臓。
どくどくと早鐘る心臓。
床に突き刺さった足。
離れない視覚。
アルラが何処からかロープを持ってきて、マーリア嬢を縛っている。
その時、手負いの獣のように唸っていた彼女の体は張り詰めた糸が切れたように倒れた。
“瞳”が消えた。
漸く、わたしの体が自由を得る。
封じられた訳でもないだろうに。
コマ送りの思考。
けれど、
押さえ込んだ吐瀉物の決壊。
あ、あ、あーっ!
わたしの喉の奥から、自分でも思ってもみない音がつんざく。
制御が効かない。
いつの間にかにーちゃんに抱き締めている。
ああーっ!
ただ、にーちゃんにきつく抱き締めてられていることだけが判った。
どれくらいそうしていたのだろう。
わたしは、にーちゃんに抱き締められ座り込んでエントランスにいた。
いや、とーちゃんもアルラもサーラもいる。
にーちゃんの服はびしょびしょに濡れている。
濡れてるよ。と声にしたいが掠れていた。
顔を上げてにーちゃんを見る。
にーちゃんが、ほーっと深い溜め息を着いて、それからゆっくり微笑む。
わたしの頭をしっかりと抱き直すと
「それはミリアの涎と鼻水だ」
と言って離してくれなかった。
ぽんと、とーちゃんが頭をたたき玄関の扉の方へ向かって外へ出た。
アルラとサーラは、いつの間にか寝室へ行って戻ってきたらしく、お風呂の準備が出来てますよ、と教えてくれた。
にーちゃんは抱っこしたままわたしを持ち上げ歩き出した。
ふわふわと酔っ払ったような脳みそ。
びりびりと実感のない四肢。
浮いてるみたいだ。
部屋の前にはアルラがいて、ドアを開けてくれている。
アルラ、ご免なさいね、今日は超過労働でしょう?と声を掛けると、何を言ってるんですか!と怒られた。
頭の上でにーちゃんが笑いを堪えている。
アルラとサーラに手伝ってもらって入浴を終えると、やっと体に力が戻ってきた。
そのままベッドに入れられるが如何せん午前中だらだらしてたこともあって眠れそうにない。
独りで居たくもないし…
子供部屋ににーちゃんは来てないかしら?と、部屋を抜け出す。
「やっぱり来たね」
居ました。流石です。
「今日はお酒は無しね」
……ち。
にーちゃんが紅茶を淹れて下さいました。
お茶請けはわたしが昼間焼いたお菓子。
お庭に面した扉を開けて、大きめのクッションと、あの小さなテーブルが置かれている。
「アルラとサーラが用意してくれたんだよ」
流石です。
二人してクッションに身体を預け、紅茶とお菓子の乗ったトレーをテーブルに下ろす。
いただきます。と紅茶のカップをソーサーを持たず両手て包み込む。
こてん、と隣のにーちゃんの胸に頭を乗せる。
にーちゃんはなにも言わずいつもわたしがやっているようにわたしの髪を梳く。
にーちゃんの胸からは速めの心音が聞こえてくる。
にーちゃんがわたしの頭に唇を落とす。
わたしは庭の樹をただ見ていた。
朝起きるとベッドにいた。
またしても、にーちゃんに運ばれたらしい。
サーラが呆れたように笑いながら教えてくれた。
今日はどうなさいますか?と聞かれたので仕事に行くことにした。
サーラには渋い顔をされたが、独りで家にいるよりにーちゃんたちの側に居たいと思ったからだ。
流石にマーリア嬢も、今日は来ないだろうし。
身仕度を整えて食卓に行けば、とーちゃんとにーちゃん当たり前に迎えてくれた。
とーちゃんから、マーリア嬢は今日から仕事には来ないからと云う旨が伝えられた。
余程酷い顔をしていたらしく、今日も寝てなさいと、とーちゃん命令が出た。
いいから、休んでなさい。
とーちゃんに抱えられて強制連行された。
力、有るんですね、とーちゃん。
連行先は子供部屋だった。
「今日は僕がお姫様のお守りしますよ」
部屋には、おもっきしのスマイルを携えたにーちゃんが先回りしていた。
わたしは、とーちゃんの腕からにーちゃんに手渡された。
え?え?
「独りが怖いんだろうが、セイレンと一緒なら大丈夫だろう?二人とも今日はゆっくりしろ」
私は独りで寂しく仕事してくるよ、と粋な計らいをしたとは思えないくらい、恨みがましい目をしてとーちゃんは出勤した。
部屋にはテーブルに紅茶とお菓子がセットされていた。
わたしは、ソファーへ優しく落とされる。
隣に座ったにーちゃんは、わたしの身体を引き寄せる。
ラグの毛足を足で弄びながら、にーちゃんに体重を預ける。
とくん、とくん。にーちゃんの心音。
安心する。
何も話さずにただ、髪を梳くにーちゃんの指に時を任せた。
「ねえ、ミリア。君は僕の事を清廉だと思っているのかな?」
ん?セイレンですよね?
優しく梳られていた髪をくしゃとされる。
?
顔を上げてにーちゃんを見る。
向こうを向いて、睫毛を伏せていて瞳が見えない。
にーちゃんの頬を両手で挟む。
にーちゃんの碧にわたしが映る。
「貴方を失いたくありません」
そう告げて、セイレンの唇に自分の唇を重ねた。
触れていただけの口吻を、やがて深いものへと変える。
魚のようなキス。
自然と舌を絡ませながら、
あれ?
こんな手馴れたキスしていいのかな?
気付けばセイレンの手がわたしの胸へ触れている。
良いのか。
唇が離れてセイレンの顔を見ると欲情した目でわたしを見ている。
胸に置かれたままの手は震えていて、触っているというか添えられているだけだ。
その手が何だか愛おしくて。
その手の上に自分の掌を重ねて、強く押さえ込みセイレンの胸に頭を預ける。
早鐘を打つ、セイレンの鼓動が心地好い。
やがて音が離れ、わたしのうなじに唇が這う。
少しずつ胸に置かれた手に力が籠る。
ベストの前身の紐に指が掛かるのだけど、戸惑っている。
クスッと声がでて、目があった。
バツの悪そうな真っ赤な顔で睨まれた。
可愛いーな、おい。
キスをしながらセイレンに見えないように紐を自分で解く。
ベストが開いていることに気が付いたセイレンが、
「いいの?」
と、驚いている。
ここまでしといて?と言う代わりに、セイレンの肩に頭をのせて、身を任せる。
ゆっくりとほどかれるブラウスから、さらけ出された胸。
大切なものを掬うようにそっと触れる掌。
深く、深くかわす口付け。
甘い吐息がこぼれそうになった、その瞬間。
視界が真っ黒になった。
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