6話 起因

 とーちゃんの職場には、当然にーちゃん狙いのお嬢さんが、雨後の筍の如く発生する。


 これがお貴族様だったら、親や爵位絡みで云々と色々とメンドくさいことになるのだろうけど、この世界には貴族制度はない。

 お嬢さん方の気質だけがお貴族様めいていて、「お仕事は男性のやることとですわよ」「私は腰掛けですの」「ほほほ」と、にーちゃんとのお目通りを企む露骨な態度が見え隠れ…隠れて無いか。

 一応、従業員扱いで、お駄賃程度の賃金が支払われいる。

 お嬢さん方は、それぞれのお宅でお小遣いがあるため、賃金に不満はでてない。

 そもそも、毎日一時間程度の出勤で仕事してますって面されても堪らない、と生前職にあぶれていたあたしは思うのだよ。


 マクシミリア・メルクリオス様と、フルネームを呼ばれたから嫌な予感はした。

 誤字があるとか、数字が間違っているとか言い掛りで、あたしの揚足を取ろうとするお嬢さんは、なぜかフルネームから始まる。

 にーちゃんに、「ミリア様を助けて差し上げましたのよ。まあ、まだ十三歳のお子様ですから仕方在りませんわね」と、アピールして取次いで貰う算段らしい。


 さて、本日のお嬢さん。

 お客様への印刷されたお手紙に、タイプライターでお名前を差し込むだけ、という簡単なお仕事をしていただいていた。

 欲が出ちゃったかあ、と少しだけ同情する。

 こちらとしては、全てを印刷したお手紙を使っても良いのだけれど、お嬢さんに任せられる作業を探し出すのも、そこそこ骨が折れるのだよ。


 はあ。

 いいですよ、取次ますよ。

 でも本当にいいんですね、間違いないですね?

 と、一応念を押す。

 ええ、勿論、と頬を赤らめ明らかに高揚している。

 あーあ。

 事務所奥の、にーちゃんととーちゃんの仕事している部屋へ案内した。


 斯くして十分後、お嬢さんは泣きながら去っていった。


 お嬢さんの去った部屋に立ち入ると、机に頬杖ついて憔悴したとーちゃんと、何事も無かったような涼しい顔をしたにーちゃんが居た。

 二人はあたしの顔を見るなり大きな溜め息を付いた。


 初めのうちはね、自分で対処しようとしていたさ。

 あたしの間違いと云うし。

 そうすると、だんだん仕事以外の家の事やら何やら痛くもない腹をぐじぐじぐじぐじ探られる。

 五日目にメンドくさくなってとーちゃん、にーちゃんに振ったら十分で終了した。

 ので、以来この手の案件は全て任せることにした。

 お嬢さん方は、にーちゃんに会いたい訳だけど、長くても二時間程度しか職場に居ないので、別室に籠るにーちゃんとは擦れ違うことさえ難しい故の苦肉の策だ。

 その努力は是非違うところに活かして下さい。


 そんな日の夜。

 今では殆ど使うことの無くなっていた子供部屋の扉が、薄く開いていた。

 部屋の中へ入ると、地窓を全開して、にーちゃんが庭を見ながら、晩酌してた。


 あたしが声をかけるより先に、にーちゃんが気付き手招きをする。

 隣に腰を降ろし、星見酒ですか?と聞くと

「たまには、ね」

 と、無理矢理微笑んでる。


 空には、絵に描いたような満天の星が瞬いている。


 暫く無言で眺めていたら、わたしの肩にこてんとにーちゃんの頭が乗った。

「疲れた」

 昼間の事なんだろうな、と思うと居た堪れなくなる。


 尻を拭かせて、申し訳ない。

 にーちゃんの髪を指で鋤く。

 相変わらず、さらっさらで気持ち良い。

 何か良い匂いもするようになりましたね。

 お年頃ですか?……云おうとして、ちりっとした胸の痛みに気付き、止める。

 代わりに、ここで眠ると風邪を召しますよ。と告げる。


「そうだな」

 そういうものの、腰を上げる様子はない。

 ……あたしも呑みたい……と思ったけど成人前なので、ただ黙って星を見ていた。


 にーちゃんは昼間にあんなことがあると家に帰って、お酒を呑むようになっていた。

 お嬢さん方への対応は、お休みの前までは堪えてあげようと心に誓った。


 お嬢さんの数は次第に少しずつ減ると、とーちゃんの事業は何故か増えた。

 とーちゃん、少し好奇心を抑えてくれないだろうか?

 楽しいけど。


そんなある日、黒髪の少女が現れた。


 わたしは十六歳になっていた。


 黒髪の少女は、マーリア・デイムメイカー嬢という。

 二十一歳との事で、少女というには失礼なお年頃だった。

 筍か?と警戒したが、彼女には結婚を前提とした恋人がいるとの事だ。

 仕事も五時間は勤務してくれるらしい。

 恋人がいるのか……羨ま……しくなんか無いもんねー!ふーんだ!


 マーリア嬢は仕事が出来た。

 なんでも以前は、美術館で館長をしていたとのことだ。

 手が空くと事務所を掃除したり、備品をチェックしてくれたりと気も回る。


 これがヒロイン補正ってやつなのか?と思った。


 学校で見た黒髪の少女は、お姫様を夢見てる儚げなイメージがあった。

 同一人物なはずだけど、受ける印象はまるで別人だ。

 目の前にいるマーリア嬢は、意思の強い眼差しが印象的で、ラウノ君から聞いていた少なすぎる情報では、決め手には欠ける。


 ただ、思うのは。


 にーちゃん攻略対象者との巡合は、髪の色が違う位では切れないのだろうか?と、云う事。


 心臓が痛い。


 人材が増えた事で、とーちゃんが仕事を張り切るかと思いきや、そうでも無かった。

 家族で仕事するのは楽しいけど、他人がいると落ち着かないらしい。

 なんだそれ。

 家族だいすきだな。

 てか、今までは落ち着いていたのか?

 謎だ。


 にーちゃんとの家呑みは、マーリア嬢が来た頃から回数が増えた。

 何処からともなく、とーちゃんが良い酒を持って参戦する。

 この世界は十六で成人なので、可愛らしくなんちゃってサングリアを作って付き合っている。

 ホントは梅酒を作りたかった。が、梅が無かった。

 日本酒が恋しひ。



「ねぇ、ミリア。君のミリア文字で、僕の名前は書けるのかな?」


 唐突に尋ねられ考えてみる。

 "清廉"が一番に浮かんだけど名前にすると堅過ぎだろうか?


 聖…晴…星…性

 …連…蓮…漣…憐


 う~ん…どれもピンとこないな。

 てか、性憐てなんだよ。

 結局、最初に思い付いた"清廉"と書いた。

 通常使う訳では無いので良かろう。


「…難しくないかい?」

 むうっと、その字を眺め指でなぞっているにーちゃんに、心が清らかで私欲が無いと云う意味ですよ、と伝える。


「ミリアには、僕がそう見えているの?」

 と、みどりの瞳で見据えられる。

 瞳の中にわたしがいる。


 一拍置いて。

 「人には無理でしょう?」と云うと、にーちゃんは表情を崩さずわたしを見ている。

 「生きる上で無欲だと道標がありません。

 第一、それでは生きていて詰まらないでしょう?」


 そういうと、にーちゃんは目を細めて頭をぽんぽんしてくれた。

「処で、すんなり出てこなかったのは何故?若気にやけてたでしょ?」

 "憐れむ性"とか連想してました、と言ったら爆笑された。

「いいね、それ。」

 止めて下さい。


 にーちゃんは近頃不安定だな、と思った。

 でも実は、とーちゃんの方が可怪しい。

 仕事に支障が無いのが立派だけれど、心此処に在らずって感じがする。

 お嬢さんが来なくなって気が抜けたのかな?


 マーリア嬢との仕事は、気持ちが良い。

 連携が取れてる感じがする。

 場もすれば、マーリア嬢のいる五時間殆んど喋ることなく就業してしまう。

 それは、仲が悪いわけではない。

 敢えて指示説明しなくとも、的確にこちらの意思を汲み取ってくれている。

 中々居ないよな、と思う。

 仕事が出来る事も大事だけど、相性の問題だ。

 彼女がどう思っているかは分からないけれど。


「ミリアさんは結婚しないの?」

 何十年か振りに聞いたその台詞の主はマーリア嬢だ。


 何と答えていたっけ?

「お相手と切欠と勢いがあれば」

「勢いですか?」

「勢いですね」

 持論だけども。


「お身内が素敵ですと、理想が高くなるのでは在りませんか?」

「お身内…素敵ですか?」

 質問返しだ。


「確かに家族想いですけど、仕事以外はぼっーとしてますよ?」

 マーリア嬢はくすっと顔を綻ばすと

「それは、お父様の事ではなくて?」


 あ、そっか、にーちゃんも身内か。

 ……身内なんだ。


「今度、お茶でもしませんか?

 お友達を紹介したいの」

 と、ころころ頬笑みながら仰有る。


 ……て、合コン的な何か何だろうか。

 自慢じゃないが、今だ人見知りは激しい。

 にーちゃんととーちゃんとメイドさんずで事足りている。

 そういえば学校でも友達いなかったな。

 そもそも知らない人とコミュニケーション取れる位なら、今頃孫に囲まれてる。

 ゲーム世界に迷い込む事は無かった筈だ。


 返答に困っていると、奥の部屋からとーちゃんが現れた。

「ミリアは嫁には出しませんっ!」

 て、それはそれで駄目なんじゃ?


 それからとーちゃんによる、ミリア擁護演説が小一時間繰り広げられた。

 マーリア嬢は呆れている。


 わたしはと云えば。

 とーちゃんに無償の愛情を与えられた様な気分になって、直ぐにでも泣きそうだ。


 わたしは可怪しい。

 それは知ってる。

 でも何処までもわたしに優しいこの世界。

 どうしてくれよう。


「いい加減、仕事して頂けませんかね?」

 冷ややかなにーちゃんの声に演説が遮られる。

 まだ続けたそうなとーちゃんだがお嬢さんを蹴散らかす時のようなにーちゃんに反論はしない。

 にーちゃんに引き摺られながら奥の部屋へと連行されるとーちゃん。

「何か、申し訳ありません」

 と、取り敢えずの謝罪の言葉を口にする。


 マーリア嬢は、冷たい目で微笑んでいた。



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