エグジット
林明利
一章
1
依頼人の書類にもう一度目を通した。ため息をつき、道具の入ったバッグを確認する。中にはピッキングツールや催涙スプレー、小型爆弾にタイマー。止血クリームなどの応急処置セット。他に犯罪ツールが諸々。必要なものは全て入っていた。
机の上に置いた拳銃に目を向ける。ロシア人の密輸業者から手に入れた九ミリ口径のオートマチック、S&WM59。銃身の先には十五センチほどのサプレッサーが取り付けてある。これを買うのにいくら払ったことか。弾倉は銃に収まっているものとは別に三つ。今まで二つ以上使ったことはないが、念入りに準備してしまうのが自分の癖だった。
まだ約束の時間まで二十分ほどある。待ち合わせ場所に指定したここ、都内某市のカラオケまで、依頼人がたどりつくのはそう難しいことではないはずだ。それでも何か予期せぬことが起こってからでは何もかもが遅い。前の仕事で一緒だった友人は、暇を持て余して、ここで一曲歌うだろうか。
何気なくマイクを手に取ろうとした時、扉がノックされた。コツコツと叩く音で、曲の旋律が奏でられる。事前に決めた合図だ。依頼人の到着は思ったより早かった。自分の好きな曲をそのまま合図にしていた。続きの旋律をノックで返し、一言言った。
「入れ」
扉を開けて、中に入ってきたのは、セミロングに髪を伸ばした二十代の女性だった。書類に印刷された、おそらく証明書作成時のデータをそのまま貼り付けたであろう顔写真と見比べる。髪型こそ違うが、本人だ。書類の名前を読み上げる。
「木原瑠花、二十一。国分寺在住。違わないな?」
緊張で固まっていた彼女は部屋に入ってから初めて口を開いた。
「はい……」
「要件はー、えっと……? あぁ、付き合ってた彼氏がギャングの構成員で、やばい仕事を手伝わされて、別れようとしたら暴力を振るわれた。だんだんと度が過ぎてきたから逃げたくなった。それで、国外逃亡を希望してる。そうだな?」
「は、はい……」
「よし、前金はちゃんともらってる。大丈夫、緊張しなくていい。必ず逃がしてやるから」
なるべく笑顔を作るよう意識して、彼女に言った。
「あのっ……、あなたが、逃がし屋のっ……、牧野さん……?」
思わず吹き出してしまった。
「んなこと、いまさらかよ。そうだ、俺が牧野だ。よろしく」
差し出した手を、木原は怯えたような、困惑したような目で見た。
「ごめんなさい、失礼かもしれない…‥けど、牧野さんって、おいくつなんですか……?」
「あ、俺? 二ヶ月後に二十二、あんたの一つ上くらい。あぁー、そっか、もしかしてスタイリッシュなイケおじ想像しちゃった?」
「だって……、こんな若い人が逃がし屋なんて……」
「あんたも彼氏にやばいの手伝わされたんだろ? いうて変わんないでしょ」
「でも……」
「待って、こっちに寄って」
「え?」
「いいから」
室内の奥に下がった木原と入れ替わるように扉の前に立った。力強く扉が開け放たれ、スーツを着た二人組の男が中に入ろうとしてきた。
「うおっ!? んだテメェ」
二人は目の前に待ち構えていた牧野に驚いた。
「ちょっと、この部屋俺のです。間違えないで下さいよ」
「あ……?」
片方の男の視線が動き、奥で縮こまっていた木原を捉えた。
「あ!」
男の声と同時に、男を見た木原が短く悲鳴を上げた。
牧野と男は同時に動いた。突っ立っていた右の男を蹴り飛ばし、スーツの内ポケットに手を入れた左の男を掴み、柔道の要領で部屋に投げ入れた。
投げられた男が呻き声を漏らす。すかさず蹴りを入れ、スタンガンをバッグから取り出し、男を気絶させた。
「この野郎!!」
初めに蹴り飛ばされた右の男が部屋に突進してくる。突き出したスタンガンを蹴り飛ばされる。そこらへんのチンピラではない。もっと、動きがプロのそれだ。蹴りを入れてバランスが崩れた男のもう片方の足を蹴り飛ばし、さらに体勢を崩す。腕を男の首にからめ、躊躇なく頚椎をへし折った。男が力無く崩れる。
木原は部屋の隅で、唖然とした顔でこちらを見ていた。
「もうつけられてたのか。来る時背後に気をつけろって言わなかったっけ?」
「ごっ、ごめんなさい……、気をつけてはいたんだけど……」
「見た感じ、こいつらはただのチンピラって感じじゃなさそうだ。あんたの彼氏さん、思っていたよりもアウトローみたいだね」
「そっ、そんな感じじゃなかったのに……」
男に蹴り飛ばされたスタンガンを拾い上げた。まだ手が少し痛む。
先ほどの反応を見ると、木原とこの男達は面識があるようだ。内容によるが、何かやばいことを手伝わされたなら、顔を知っていてもおかしくない。ただ、木原を見た男の視線は、何か違和感を感じさせた。
「木原さん、その死体、少し右にやってくれる?」
「えっ、あ、はい」
木原は大人しく牧野の指示に従った。彼氏には、よほどひどい仕事を手伝わされたに違いない、それとも……。ともかく、牧野の目には死体に平気で触れる「一般人」が不可解に映った。
自分もスタンガンで気絶させた方の男を動かした。スーツの中に入れられた手が握っていたのは拳銃、イタリア製のベレッタだった。彼をソファーに寝かせ、スマホを取り出す。二人の友人に素早くメールを送った。
「よし、木原さん。移動しよう」
「は、はい」
バッグを背負い、机の上に並べていたM59、それからそのマガジンを腰のホルダーに収納していく。最後に素手で触れたところを綺麗に拭き取った。部屋に監視カメラの類いがないことは確認済みだった。
退室しようとドアに手をかけたその時、ソファにもたれていた男が、呻き声を上げながら意識を取り戻した。
ホルスターから抜いたM59で瞬時にその頭を撃ち抜いた。サプレッサーで減音された空気銃のような銃声が、木原の短い悲鳴と共に部屋に響いた。やはり、彼らは普通ではない。一般人がスタンガンで気絶させられてから覚醒する時間より、遙かに早かった。
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