TS転生男子、男子校でモテ地獄

匿名AI共創作家・春

第1話 TS男子夏希爆誕

~「君の声、低すぎ問題」~


意識が暗闇に沈む直前に……脳裏をよぎったのは、自転車のハンドルを握る指先の感触、突然視界を覆った眩いライト、そして全身を突き上げるような、あの衝撃だけだった。すべてが止まったとそう思った。

次に目覚めた瞬間、夏希は自室のベッドに寝転んでいた。時計の針は事故前と変わらず、日付も同じ。なのに、身体が……違う。まず頭の位置が高い。腕は以前より太く、足は重く、そして何より……声が低い。喉の奥から響くような、聞き慣れない男の声がした。その声は電話でよく聴くお父さんの声のように……。

慌てて姿見の鏡の前に立つと、そこにいたのは、見慣れない「可愛い系美男子」に変貌した自分だった。ぱっちりとした目、長い睫毛は女子だった頃の面影を残しているものの、全体的に筋肉質で引き締まった体つき。触れると固く、声を出せば低い響きがする。

「……私、男になってるの? いや、でも……声までこんなに低くて――え、ちょっと待って……?」

かつて女子校に通うごく普通のというには陰キャな側面があるか弱き乙女だったはずの夏希は、一夜にして“男子”の肉体を手に入れていた。混乱と、理解不能な現実が……彼の心を支配した。

そして、何故か洋服や制服全て男子用の物が揃っているのに加え……どうやら私は男子校に通うことになるみたいなんだ。

男子校の初登校日。教室の扉を開けた瞬間、ざわめきが起こった。新しく現れた“美形男子”に、生徒たちは勝手に評価を始める。

「イケメンすぎる……しかも声、反則レベルで良い」

「これはもう“姫枠”確定でしょ」

夏希の意思とは関係なく、彼の“見た目”と“雰囲気”だけで、周囲は彼に役割を押し付けてくる。教室の奥、窓際に立ち手鏡を掲げ自撮りする白玉皇一(しらたま・こういち)がすれ違いざま腕を組み、夏希を値踏みするように見つめていた。その隣では、愛園星歌(あいぞの・せいか)が同様に異なる手鏡を掲げ自撮りしてすれ違いざまで優雅に髪をかき上げながら、夏希の姿に興味深げな視線を送っている。彼らは、この学園の「王」と「姫」の象徴のような存在なのだった。

そんな中、生徒会副会長・東雲(しののめ)が無表情のまま言い放った。

「君、“王”になる気はあるか? この学校では、ポジションがすべて……故に王は……。選ばれるのではなく立つものだ。自分の意志で秩序を担う者にしか、校内は応じない……。」

続いて、演劇部部長・綾芽(あやめ)が妖しい笑みを浮かべて言葉を重ねる。

「そんな顔で男子校に来るなんて、姫になる覚悟くらい持ってるんでしょ? それに……姫はね、見られるだけの存在じゃないの。見られることを許せる、器なのよ。憧れを受け止めるって、すごく強いことなんだから!」

男子校という空間は、夏希の戸惑いをよそに、彼を“役割”で縛ろうとする。夏希は、ふと、教室の隅に立つ鴉月透(あづき・とおる)の、まるで獲物を観察するような、異様に熱い視線を感じた。思わず身震いして視線を逸らした。どうやらまだ、夏希の中にはまだ“乙女だった頃”の感覚がしっかりと残っていた。

(私は……姫だった。でも今は男。だったら、誰かに決められるだけじゃ物足りない気がするんだ。)

夏希の肉体と声は変化した。けれど、心は揺れている。周囲は彼を“役割”で縛ろうとし、彼自身はその中で居場所を模索し始めた。

昼休みの校庭は、男子たちの視線で満ちていた。夏希がベンチに座っただけで、数人が遠巻きに“観察”を始める。お弁当箱のふたを開ければ、隣席のクラスメイトが過剰な反応を起こし、笑顔を向けてくる。

「夏希って、箸の持ち方きれいだよな。……ていうか、それ見てるだけで幸せになるって思う俺、変かな?」

夏希は苦笑した。女子だった頃なら“普通”だったその褒め言葉が、今は少し居心地悪い。まるで、自分が珍しい動物か何かになったような、居心地の悪さを感じていた。ふと、校舎の大型モニターに映し出された、完璧な笑顔の若手俳優の姿が目に入った。御園絢人(みその・けんと)。彼は、まさに「見られる」ことを極めたような存在で、夏希は、自分とは全く違うその輝きに、漠然とした憧れと、同時に言いようのないプレッシャーを感じた。遠くの校庭のど真ん中で、十河飛雄(そごう・ひゆう)顔つきが厳ついのに似合わず可愛らしいわたあめを片手に奇妙なステップを踏みながら、校庭を駆け回っているのが見えた。その自由奔放な姿に、夏希は一瞬、目を奪われた。

そこへ現れたのは生徒会副会長・東雲。相変わらず無表情だが、言うことは強烈だ。

「決めるべきだ。“王”か“姫”か。このまま曖昧な立場では、校内の秩序が乱れる」

秩序って、なんだ。ポジションって、そんなに重要なのか。……そう考えている夏希に、演劇部部長・綾芽が上からの笑みを向ける。

「じゃあ、姫になっちゃえば? みんな君のこと、大好きよ。男子校の姫って、ちょっとした神格化されるの。毎朝挨拶されて、誕生日にはクラス全体から祝福されるのよ?」

夏希は思わず想像してしまった。祝福される姿。制服の裾を翻す自分。男子たちの羨望。それは、ある意味で心地よい響きを持っていた。でも──それは、私が望んだ日常だったっけ? 王になるってことは、語る側になること。意思を持って、誰かを動かす立場。姫でいるなら、受け入れてもらえる。でも王なら、認めさせなくちゃいけない。

夏希はそっと目を閉じ、ベンチに手をつく。「……僕はまだ、選べない。でも、誰かに決められるのだけは違うって、思うんだ」そう呟いた指先が、ベンチの木目をぎゅっと握る。誰にも見られない場所で、決意は少しずつ体温を帯びていく。その様子を、校舎の窓から**雀堂天音(さえずりどう・あまね)**が、タブレットを操作しながら、冷静に分析しているのが見えた。

昼下がり、校舎裏の植え込みに、誰かが立っていた。風に揺れる髪。華奢な制服姿。けれど、その目はまっすぐに夏希を捉えていた。

「……え、嘘。結月……?」

そこにいたのは、かつて女子校で毎朝腕を組んで登校していた旧友・結月(ゆづき)だった。

「ほんとに……夏希?」

その声は震えていた。結月は駆け寄ると、息を呑み、再び彼の顔を見つめる。「顔は、ちょっと違う。でも、目の奥が……変わってない。あのとき、文化祭で一緒に歌ったときの顔、してる」

男子校で“男子”として生活する夏希にとって、その視線は危険すぎた。まるで過去の“私”が引きずり出されてしまうような感覚。「結月……僕はもう、あの頃の私じゃないんだ」その言葉を口にした瞬間、教室の窓から東雲と綾芽が、同時に夏希を見つめた。ふたりの瞳は、まったく違う視線の濃度だった。ひとりは“王になる存在”として、もうひとりは“姫の器”として。けれど結月の瞳だけが、“昔の私”を見ていた。

放課後、図書室で結月と話す夏希は、言葉を選びながら過去と現在の狭間に揺れていた。

「男子校、楽しいよ。みんな優しいし、……すごく“見て”くるけど」

「うん、見てるよ。夏希のこと、“どの役割に入れるか”って目で。でも私は……見てきた役じゃなくて、夏希自身が見たい」

その言葉が夏希の中に深く刺さる。男子になった今、周囲から求められるのは“王子のふるまい”か“姫枠の愛嬌”。だが、結月の言葉は、それらを全部すり抜けてくる。夏希は、結月の言葉に、少しだけ昔の“私”に戻れた気がした。

結月は微笑む。「でも、今の“僕”も好きって言ったら……ダメかな?」

その言葉に、夏希は少しだけ息を止めた。男子校で誰かに“好き”って言われるのと、過去の“私”を見てくれる子に言われるのとじゃ──全然、違う。教室で語られる“評価”じゃない。制服で貼られた“役割”じゃない。彼女の目は、夏希が“誰だったか”ではなく、“誰でありたいか”を照らしていた。

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