第5話
ゆいかの手が離れると、そこは誰もいない部屋になる。めいがなにかを言っている可能性はあるが、何も見えないし聞こえない。
めいや小鬼がどこにいるのか分からず、微動だに出来なかった。
「ふー、美玖ってあんなに妹ラブみたいな感じだったかなー?」
二人を追い出し、引き戸を閉めたゆいかが再び隣に座った。
「駿くん、めいが呼んでるよ」
「え?」
ゆいかに手を握られると、すぐ目の前にめいがいた。駿の膝に手を置き、「お兄さんっ」と言っている。
めいの上にいる小鬼が近い。その息遣いまで聞こえてきそうだ。上体を逸らすが、その分めいが近付く。
「びっくりした……」
「……まったく驚いているように見えないんだけど。やっぱり君面白いね」
「お兄さん、見えるようになりましたか?」
「ああ、今はバッチリ聞こえてるし見えてる」
一体、どういう理屈なのか。さっきまで聞けずにいたが、なんでゆいかの手を握ると見えるようになるのだろう。
「めいちゃん、お話聞かせて。もちろん、あの二人には内緒にするから」
「本当ですか?」
「もちろん」
めいが駿の目を見る。駿はゆっくりと頷いた。
すると、めいは再びさっきまで座っていた椅子に戻った。
「これから話すことを絶対にお兄ちゃんとお姉ちゃんに言わないでください。今は大丈夫ですけど、もし元に戻ったら殴られちゃうかもしれない」
ゆいかの握る手の力が強くなり、「ゆいさん?」と聞くと、彼女は「ごめん」とそれだけ言った。顔は先程までとは打って変わって、険しいものになっている。
だが、それも一瞬だった。めいに話しかける時には笑顔になった。
「めいちゃん、大丈夫。絶対に話さないから」
めいが無言で頷く。
「その、私がお兄ちゃんやお姉ちゃんたち以外から見えなくなってから、みんなおかしいんです」
「……どうおかしいのかな?」
なるべく怖がらせないように慎重に尋ねる。
「みんな今みたいに優しくありませんでした。お姉ちゃんはいつも私を無視して、私の物を自分の物みたいに勝手に使っていきます。……なのに、今は、私にいっぱい物をくれます。それに、ずっと一緒にいたがるんです。でも、それが気持ち悪くて……」
「ふーん、なるほどね」
隣から聞こえてきた冷えた声に驚く。思わずゆいかの方を見てしまいそうになるのを抑えた。
「お兄ちゃんも同じです。いつもは私を見る度に殴ってきて、私の話を聞いてくれないんです。でも、今は事あるごとに私の何かを手伝おうとしてくるんです」
「恭二が? 想像できないな……」
めいの語る恭二の像は、両方とも学校にいる時とはかけ離れている。どちらにしても違和感があった。
「私が悪いのは分かってるんです。私が鈍臭くて、頭が悪くて、なにもできないから……。お父さんとお母さんがいつも言う通りなんです。今は言わなくなったんですけど……。そう、お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒で、お父さんもお母さんも、前よりいっぱい話してくれるし優しくしてくれるようになったけど、なんだかおかしくて」
その妙に自己を卑下する様子に駿は嫌なものを感じた。この家はめいに対してどういう風に接していたのか。
「めいちゃん」
「はい」
いつの間にかめいの目は乾いた虚ろなものになっていた。ゾッとするほどの空虚さがそこにはある。
「めいちゃんが言っているのは、こういうことで合ってる? お兄ちゃんお姉ちゃん達、家族以外から見えなくなって、同時に、家族全員が優しくしてくれるようになった。どう?」
「はい、その通りです」
こくん、とめいは頷く。彼女の肩にいる小鬼は微動だにしない。
「――駿くん」
「なんでしょう」
「駿くんは、仮にめいちゃんの今の状況が解決したとして、彼女の家族が元に戻ったとして――めいちゃんを助ける手伝いをしてくれる?」
隣を見るとゆいかはじっと駿を見ていた。
「手伝いますよ。僕だって気分はよくないですからね」
「……いいね。うん、正義感を振りかざすよりずっといい返事だよ、駿くん」
ゆいかの目は駿を捉えていなかった。なにかを思い出している。
「うんうん、そうと決まれば、まずはあの鬼を剥がさないと」
「鬼を剥がすって、そんなことが出来るんですか?」
「ん? まあ、あれは愛を欲しているだけみたいだからね。欲しい相手に拒絶してもらえばいい」
二人揃って小鬼を見ると、めいが小首を傾げる。
「めいちゃん、お姉ちゃんとお兄ちゃんを呼んできてくれるかな? めいちゃんがみんなに見えるようになるために必要なの」
「さっきのことは喋らないですか?」
「もちろん。変わっちゃった家族も元に戻すことも出来るよ」
「元に……」
めいの目が先程よりも暗くなる。
「めいちゃん? 元には戻したくない? 大丈夫。元に戻ったら、私達が助けてあげる」
ゆいかの言葉にめいは「本当ですか?」とか細い声で言った。
「もちろん」
明るく元気に、ゆいかは言い切る。ゆいかに手を強く握られ、駿も「もちろんだ」と言い切る。
「……分かりました」
期待しているような、しかし一方で諦めているような。どこか諦観が感じられる。
だが、めいは恭二と美玖を呼びに部屋を出た。引き戸を開け、すぐに二人を連れてくる。
「どうしたんだ、めい」
「めい?」
恭二と美玖は不思議そうな顔をしている。
「美玖、どうやったらめいちゃんをみんなが認識してくれるようになるか分かったよ」
「え、本当に? どうやるの?」
美玖はゆいかの空いている手を握り、目を輝かせた。
「――めいちゃんを嫌いになればいい」
ゆいかがそう言った瞬間、美玖は固まった。
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