第4話

 ゆいかに手を握られた瞬間、ピリッとした静電気のようなものを感じたが、他にはなにも異変はなかった。


「どうだ? 見えるようになったか?」


 恭二の声のした方に目を向けると――そこにはさっきまでいなかった小学生くらいの女の子がいた。


 だが、それだけじゃない。


 女の子に肩車するかのように、小鬼がいる。炎のように肌が赤く、頭髪は細く縮れ、二本の角が額から生えていた。への字に曲がった口からのぞく鋭く尖った牙は今にもめいを噛み殺さんばかりであり、目は白眼でどこを見ているのか判然としない。


 それにも関わらず、駿は見られていると感じた。


「お兄さん、私のこと見える?」


「見える……」


「やっぱり、すごいな。ゆいかは」


 美玖が部屋を覗き込む。みながめいを見ていた。


「みんなには鬼は見えてないよ」


 耳元でゆいかが囁く。


 駿は一度瞼を閉じ、開くが、やはり女の子の肩には小鬼がいる。頭を掴まれているというのに、女の子自身も気付いているようには見えない。


「……その女の子がめいちゃん?」


「そう、俺の妹だ」


「はじめまして、駿さん」


 めいは椅子を降りてお辞儀をする。かなりしっかりした子だ。普通の女の子に見える。


 小鬼さえいなければ素直に受け取れるが、どうしてもまともにめいを見ることが出来ない。


「ここはめいちゃんの部屋?」


「うん」


「もっと近くで見たい? 駿くん」


「見たい」


「おお、即答。いいね」


 ゆいかと手を繋いだまま中に入り、二人でベッドに腰掛ける。つられるようにして美玖も部屋に入った。


 ぎゅうぎゅう詰めの室内、リビングのクーラーで部屋は涼しいものの、暑苦しい。


 ますます近くで見えるようになった小鬼は、先程からぴくりともしない。ただただ置物のようにめいに張り付いていた。


「――ねえ、恭二。あんたもめいのこと相談してたの? この駿くんに」


「そう、どうしていいか分からなかったし、俺のクラスでは悩み事を駿に相談すれば解決するって聞いたことあったから」


 初めて聞く噂に驚く。入学して間もないのにクラスメイトに相談される件数が多いと思っていたが、そんなものが流れているとは思いもしなかった。


「ふーん……、面白いね」


 隣でゆいかが駿をじっと見る。


「何がですか?」


「いろいろ。私に似てるなと思って」


 ゆいかの言葉の意味を図りかねていると、「あの……、駿さん、ゆいかさん」とめいが口を開いた。


「本当に他の人に私の姿が見えていないんでしょうか」


「俺はさっきまで見えてなかったけど……、いつからなの?」


「一昨日、八月十三日からです……。お買い物に行ったら店員さんに反応してもらえなくて……。それ以来、外に出ていないんです。お兄ちゃんとお姉ちゃんが許してくれなくて」


「当たり前でしょ、めい。こんなよく分からない状況なのに、可愛い妹から目を離すわけないでしょ」


「そうだぞ、めい。俺はお前が一番大事なんだから」


「私もよ。……まあ、私の方が好かれてるけどね」


「はあ? 俺の方が好かれてるだろ」


 めいをよそに姉弟が妙な事で争い出す。めいはそんな様子の二人を見て縮こまっていた。


「ふ、二人ともやめて」


 めいがそう言うと、ようやく二人とも口を閉ざす。ここまで恭二が妹のことに興味があったことを駿は意外に思った。


「あの……、お二人とも、お兄ちゃんとお姉ちゃんが私のことを相談するために連れて来られてたんですか?」


「僕はここに来て、そういう内容だと初めて知ったけどね」


「私は美玖から全部聞いてここに来たよ」


 なんだか妙なことに巻き込まれているな、と駿は今更ながらに思った。恋愛ごとや友人関係の悩みなら協力のしようもあるだろうが、こんな怪奇現象はどうにもならない。


 ただ、好奇心だけはある。なんでこうなっているのか。いい絵が描ける予感がしていた。


「ねえ、めいちゃん――認識されなくなったこと以外に、困ってることない?」


 反応は覿面だった。まるで心の中を見透かされたと言わんばかりに、目を見開き、驚く。


 おどおどした雰囲気をだしているが、本来はもっと感情豊かな子なのかもしれない、と駿は思った。


「え、と、その……」


 めいはちらっと、恭二と美玖を見る。


「お? じゃあ、美玖と恭二くん? だっけ? 二人はリビングに出てって」


「えー、めいダメなの?」


「その……」


「美玖、お姉ちゃんなら妹のお願い聞かないとダメでしょ?」


「んー、まあそうかな?」


「めい、俺も?」


 こく、とめいは頷くが、恭二は納得していないようだった。不満そうな顔を見せている。


 それを見ためいがまるで張り付けられたように彼の顔を見ていた。


「……恭二、妹との内緒話を横取りされて悔しいのかもしれないけど、ここでお願いを聞かないと嫌われるんじゃないかな」


「嫌な言い方するなあ、駿」


「別に間違っていないでしょ?」


 恭二はめいと駿を見比べ、溜息を吐いた。


「わーかったよ。めい、あとで教えてくれてもいいんだからな」


「その時は先にお姉ちゃんに教えてよ」


 また姉弟で喧嘩になりそうになるのを抑え、ゆいかが駿の手を離し、リビングに追いやった。

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