第45話:公孫瓚、神格化される

天下統一を宣言してから数日後。公孫瓚の本拠地の広場は、祝賀ムード一色に包まれていた。北の平野を吹き抜ける風が、無数の旗をはためかせ、その中には、公孫瓚の白馬を象った旗、劉備の「仁」を象徴する旗、そして、天下を一つに束ねた白馬王朝の旗が、誇らしげに掲げられている。


広場に設置された焚き火からは、焼かれた肉と酒の芳醇な香りが立ち込め、兵士たちの甲冑が擦れ合う、ちいさな金属音が祭りの賑わいに溶け込んでいく。遠くでは、子供たちが歓声を上げ、老いた農夫が、懐から息子からもらった干し肉をかじりながら、目に涙を浮かべていた。


「息子を返してくれた将軍…」


彼の呟きは、誰に聞かせるものでもなく、ただ静かに、彼の胸の内に響いていた。この天下統一は、ただの勝利ではない。それは、戦で引き裂かれた家族が、再び一つになる、平和の始まりだった。


趙雲は、式典の進行役として、壇上に立っていた。彼の隣には、新王朝の玉座が置かれている。そして、その視線の先には、公孫瓚の姿があった。


(この日が来たか。公孫瓚様を、歴史の人物にしなければならない)


彼の胸には、公孫瓚という男への感謝と、彼を歴史の表舞台から退場させるという、冷徹な政治的意図が、複雑に入り混じっていた。


「公孫瓚様!どうぞ、壇上へ!」


趙雲の声に、公孫瓚は誇らしげに壇上へと上がった。その足取りは、堂々たるものだ。彼の背後には、彼が長年身につけてきた、傷だらけの白い甲冑が飾られている。その甲冑は、彼が乱世を駆け抜け、袁紹という大敵と戦い抜いてきた、苦難の道のりを物語っていた。


趙雲は、公孫瓚の戦歴と功績を敬意を込めて称えた。彼が語る「厳冬の戦い」や「賊との攻防」の場面で、兵士たちは当時の苦労を思い出し、互いに頷き合い、その功績を称えた。


公孫瓚の脳裏に、過去の戦いの光景が蘇る。雪が降りしきる中、袁紹軍の騎兵が迫る。氷の張った川を渡るとき、馬の蹄が滑り、凍える水に落ちた兵士の悲鳴。そして、彼を救い出した、趙雲の冷静な指示と、白馬義従の突撃。


公孫瓚は、誇らしげに胸を張り、民衆と将兵からの喝采を浴びる。彼の顔に、長年の苦労が報われたという満足感が浮かんでいた。


そして、趙雲は声のトーンを一段落とし、厳かに宣言した。その瞬間、北の風が一瞬だけ止まり、場内が静まり返る。


「これより、公孫瓚様を北方の守護神として祭り上げる!」


場内が、一瞬、静まり返った。公孫瓚は、驚きに目を見開く。


(なんだ、守護神?北方って……まだ袁紹の残党が……いや、それよりもだ。なんだその玉座は。俺の目の前に玉座があるのに、お前がそこに座っているのはどういうことだ!?)


公孫瓚の心のツッコミが暴走する。しかし、彼の思考は、趙雲の次の言葉で、完全に停止した。


「その功績を称え、公孫瓚様の像を、北方の守護神として、各地に建立する!」


場内の歓声と拍手が、最高潮に達する。公孫瓚の顔が、一瞬にして青ざめた。彼は、壇上の玉座にこっそり腰掛けようと、趙雲の背後を回ろうとしたが、衛兵に止められる。


「待て!待て子龍!それはどういうことだ!?」


しかし、公孫瓚の叫びは、歓声にかき消されていく。隣に立っていた将軍に「なあ、俺、生きてるよな!?」と小声で訴えるが、将軍も興奮のあまり、それに気づかない。


「いや、生きてるぞ……!?まだ死んでないぞ、俺は……!」


公孫瓚の切ないツッコミは、誰にも届かない。彼の声は、歓声の渦に飲み込まれていく。


その光景を、趙雲は、静かに見つめていた。彼の顔には、冷徹な笑みが浮かんでいる。


(公孫瓚様。あなたは、この天下統一の、最初の足場だった。あなたの功績は決して忘れられません。しかし、この国をより良い方向へ導くためには、あなたには英雄として、歴史の人物として、退場していただく必要がある)


趙雲の心の中には、公孫瓚への感謝と、そして彼が目指す「平穏な世の実現」への、確固たる決意が満ちていた。


その日のうちに、北方の各地で、公孫瓚の勇壮な騎馬像が建てられたという報せが届く。像は、彼が駆った白い馬に跨り、堂々と槍を構える姿を象っていた。


公孫瓚は、自らの銅像が建てられたという報せを聞き、呆然と立ち尽くしていた。彼の顔には、呆れたような、しかしどこか満たされた表情が浮かんでいる。彼の口から、かつて趙雲に投げかけた「まだ生きてるぞ…」というセリフが、皮肉な余韻となってこぼれた。


天下は一つになった。しかし、その裏では、英雄たちがそれぞれの役割を演じ始める。これは、趙雲が築く新たな物語の、静かな始まりだった。

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