第40話:呂布の「違和感」と焦燥、新旧の技術の狭間

張飛と馬超、そして関羽が、一撃で吹き飛ばされた戦場の空気は、張り詰めたままだった。彼らは幸いにも致命傷を負ってはいないものの、その身体は衝撃で深く傷つき、馬から立ち上がることさえままならない。呂布の放つ一撃は、武力というよりは、もはや天災のようだった。


「……あれが、呂布……」


劉備は、その光景を遠巻きに見て、震える声で呟いた。彼の知る「武」の概念を、呂布はたった一撃で粉砕したのだ。周囲の将兵たちも、その圧倒的な武勇に戦意を喪失しかけている。


しかし、趙雲は冷静だった。彼の瞳は、恐怖ではなく、まるで初めて見る方程式を解こうとする学者のように、呂布の動きを、そして張飛たちが吹き飛ばされたメカニズムを、徹底的に分析していた。


(呂布の一撃は、確かに凄まじい。しかし、それは「一点に集中した力」だ。ならば、その力を「分散」させればいい……!)


趙雲の脳裏に浮かんだのは、現代の物理学の知識だった。衝撃は、受け流すか、分散させるか。呂布の武勇は、受け流すにはあまりに重すぎる。ならば、残るは分散だ。そして、その分散を可能にするのが、趙雲が開発した「鉄鐙」と、それによって生まれた「新時代の騎兵戦術」だった。


趙雲は、静かに愛槍を構え、自ら先陣を切った。


「全軍、突撃!しかし、決して一騎打ちで挑むな!我らの戦い方は、奴とは違う!」


趙雲の号令に、約三百の「白馬義従」が呼応し、大地を揺るがすような勢いで突撃を開始した。彼らは、ただ槍を突き出すだけではない。趙雲の指示通り、密集隊形を保ち、まるで一つの巨大な生き物のように、呂布へと向かっていく。


呂布は、その光景を見て、嘲笑した。


「馬鹿どもめ!多勢に無勢で、この呂布を倒せると思うか!貴様らなど、まとめて吹き飛ばしてくれるわ!」


呂布は、方天画戟を構え、突撃してくる白馬義従の先頭へと、全身の力を込めて一撃を放った。彼の狙いは、隊列の先頭を粉砕し、全体の士気をくじくことだ。


しかし、その一撃は、まるで空を切ったかのように、白馬義従の先頭をすり抜けた。


「……なに?」


呂布の顔に、初めて「違和感」が浮かんだ。彼の放った一撃は、間違いなく相手を捉えていたはずだ。しかし、白馬義従の兵士は、鉄鐙に両足を固定し、愛馬の背にしがみつくようにして、その衝撃を「分散」させたのだ。彼らは決して止まらず、その隊列を崩すことなく、呂布の横を駆け抜けていく。


そして、その直後、白馬義従の隊列から、複数の騎兵が次々と呂布へと槍を突き出した。呂布は、その槍を一つずつ受け止め、弾き飛ばすが、その間にも、別の方向から槍が突き出される。


(なぜだ……!なぜ、この者たちは、私の攻撃に耐えられる……!そして、なぜ、この者たちは、私を正面から見ていない……!)


呂布の心に、「困惑」と「苛立ち」が膨らんでいく。彼の武勇は、これまでの戦乱で、ただの一度も通用しないことなどなかった。しかし、趙雲の軍勢は、正面から挑んでこない。個々の武力では、呂布に到底及ばないことを彼らは知っている。だからこそ、彼らは「一点集中」ではなく、「多点攻撃」で、呂布の力を分散させようとしていたのだ。


白馬義従は、呂布を中心に、円を描くように駆け巡る。そして、その円の外から、弓兵たちが次々と矢を放った。呂布は、その矢を方天画戟で弾き飛ばすが、矢は雨のように降り注ぎ、彼の動きを鈍らせていく。


(くそ……!このままでは、埒が明かん!)


呂布の心に、焦燥感が満ちていく。彼の武勇は、あくまで一騎打ちという旧時代の戦い方でこそ、最大限に発揮されるものだ。しかし、趙雲が持ち込んだのは、一騎打ちなど存在しない、「新時代の集団戦術」だった。それは、呂布という個の力を、徹底的に封じ込めるための、緻密な計算に基づいた戦い方だった。


呂布は、この戦いの中で、自身の「武」が、もはや万能ではないことを、初めて悟り始めていた。彼の武勇は、確かに圧倒的だ。しかし、その武勇を封じ込めるための「技術」と「戦術」の前では、無力だった。


(…なぜだ……!なぜ、たかが兵法ごときで、この呂布が……!)


呂布の顔に、怒りと焦燥が浮かび上がる。しかし、その怒りの表情の奥には、彼自身も気づいていない、ある種の「絶望」が宿っていた。それは、時代に取り残されていく者だけが抱く、深い悲しみだった。


趙雲は、その光景を冷静に見つめていた。彼の「思考」は、既に呂布という存在を、単なる武将ではなく、新時代を築くために乗り越えるべき、最後の壁として捉えていた。


新旧の技術が交差する、運命の歯車は、さらに加速していく。

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