第22話:中原大戦、峡谷の罠と「弔い合戦」の決着
中原の広大な平野を、趙雲率いる公孫瓚軍が突き進む。白馬義従の蹄が大地を揺らし、その圧倒的な進軍速度は、疲弊しきった曹操軍を容赦なく追い詰めていた。しかし、趙雲の心は、ただ追撃の快感に浸るだけではなかった。彼の瞳は、常に前方の地形を冷静に見極めている。やがて、両側を切り立った崖に挟まれた、険しい峡谷が視界に飛び込んできた。それは、まさに伏兵を仕掛けるには絶好の場所だ。
(来たか、曹操。お前の考えることは、お見通しだ)
趙雲の瞳に、勝利への確信が宿る。彼は、曹操がこの峡谷に、自らの最後の意地をかけた罠を仕掛けていることを予測していた。この峡谷こそ、曹操の「智」の残りが、彼の「慢心」と結びつき、趙雲軍を誘い込もうとする場所だと知っていた。白馬義従は、一糸乱れぬ隊列で峡谷へと足を踏み入れる。その動きには、一切の迷いがない。彼らの白い鎧が、峡谷の薄暗がりにぼんやりと輝いていた。
峡谷の中ほどに差し掛かったその時、事前の予測通り、両側の崖の木々の中から、無数の矢が雨のように降り注いだ。同時に、行く手を阻むように曹操軍の兵士たちが姿を現す。まさに、完璧な伏撃だ。その数は、疲弊しているはずの曹操軍とは思えないほど多い。
「かかったな、趙子龍!これで貴様も終わりだ!」
峡谷の奥から、曹操の高らかな声が響いた。彼の顔には、罠が成功したという確信と、趙雲への復讐の炎が燃え盛っている。曹操軍の将兵たちは、奇襲の成功に士気を高め、一斉に趙雲軍へと襲い掛かった。彼らの目に、再び希望の光が宿ったかに見えた。
しかし、趙雲は動じなかった。彼の表情は、一瞬たりとも揺るがない。
「全軍、隊列維持!このまま突破せよ!」
趙雲の号令と共に、白馬義従は、矢の雨をものともせず、猛烈な勢いで前進する。彼らの鎧は矢を弾き、馬の蹄は峡谷の地面を力強く蹴りつけた。この狭い地形は、彼らにとって不利なはずだった。だが、それは曹操の常識に過ぎない。
(この狭い場所こそ、密集隊形を組む鉄鐙騎兵の真価を発揮する場所だ!伏兵もろとも、正面から粉砕する!)
白馬義従は、密集した重装騎兵の隊列を保ったまま、まるで巨大な衝車のように曹操軍の伏兵を粉砕していく。狭い峡谷では、曹操軍の兵士たちは逃げ場を失い、次々と白馬義従の蹄の下に踏み潰されていく。彼らが得意とする弓矢も、接近戦ではもはや無力だった。その槍は、恐るべき正確さで敵を貫き、白い波が血の道を切り開いていく。
「馬鹿な……!なぜ、この狭き道で、これほどの突撃が!?」
曹操の顔に、信じられないという焦燥と、再び趙雲の「異質性」に翻弄される屈辱が刻まれる。彼の軍師たちも、この結果に無力感を覚える。郭嘉は病床で報告を聞き、激しく咳き込んだ。程昱は、自らの策がまたしても読まれたことに、深い悔しさに顔を歪めていた。
その時、趙雲の力強い声が、峡谷に響き渡った。
「公孫瓚様、ご無念!袁紹に続き、曹操もまた、貴方を侮りおった!弔い合戦だー!」
趙雲の言葉に、白馬義従の兵士たちの士気は、再び狂気的な高まりを見せた。彼らの目に、勝利への確信が宿る。
「公孫瓚様の弔い合戦だー!曹操も道連れにしてやる!」
「おおー!弔い合戦だー!」
兵士たちの雄叫びが、峡谷中に響き渡る。彼らは、袁紹戦での勝利の記憶を胸に、まるで憑りつかれたかのように曹操軍を蹂誙していく。その光景は、曹操軍の兵士たちの目に、白馬の亡霊が襲いかかっているかのように映った。彼らの足は震え、もはや戦う気力は残されていなかった。
公孫瓚は、遠く離れた自軍の本陣で、その光景を見ていた。彼の顔には、疲労と、そして勝利への確信が浮かんでいる。だが、趙雲の声を聞くと、思わず頬を引きつらせ、大きく溜息をついた。
「いや、生きてるぞ……!?まだ死んでないぞ、俺は……!」
彼の切ないツッコミは、戦場の喧騒にかき消され、誰にも届かない。公孫瓚は、呆れたような、しかしどこか満足げな表情で、遠くで暴れ回る白馬義従を見つめていた。その表情には、若干の困惑と、得体の知れない安堵が入り混じっていた。
峡谷での戦闘は、一方的な展開で終結した。曹操が最後の意地をかけた伏撃は、趙雲の周到な策と白馬義従の圧倒的な力によって、完全に裏目に出たのだ。曹操軍は壊滅的な打撃を受け、曹操自身も、わずかな兵を率いて辛くも逃走する。彼の顔には、これまで見たことのない、深い絶望と敗北の影が落ちていた。彼の覇道は、この峡谷で大きく挫かれたのだ。
この中原での大勝利は、趙雲の天下統一への道を大きく開いた。彼の名声は、もはや北方に留まらず、中原全土に轟き渡る。各地の諸侯は、曹操が敗れたことに驚き、そして趙雲の「異質」な強さに畏怖する。
嵐が去った峡谷に、勝利の雄叫びがこだましていた。それは、乱世の新たな秩序の到来を告げる、確かな響きだった。
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