人類と魔王
蒼
1章
第1話
少年はかつてないほどこの世を憎んだ。そして心の底から、この世を呪った。
「全て、ぶち壊してやる」
「王国も、帝国も、魔王も、何もかも」
***
「おはよう▓▓▓▓!今日も水汲みかい?」
「おはようおばちゃん!親父と母さんに言われてね。おばちゃんも水いる?」
「じゃあわしの分も頼めるかい?」
「わかった!じゃあおばちゃんの分も汲んでくるね!」
「ありがとうねぇ」
▓▓▓▓は、両親ととある村に暮らしていた。ここは、コルカナ王国辺境の名も無き村。王都まで馬車で2週間もかかる、山中の小さな村。その小さな村に、合わせて200人近くの人が集まり、互いを支え合って暮らしていた。▓▓▓▓も両親の教えに従い、困った人を助けつつ、村での暮らしを送っていた。
「おお、▓▓▓▓か。水汲みに来たのかの?」
「そうだよ、おじさん。まだ時間かかりそう?」
「そうよのう……ちと老骨には厳しいものじゃ」
「じゃあ水汲み手伝うよ。おじさんは、桶を支えてて」
「本当かの?助かるのう」
「いいって。助け合いは大事だからね」
▓▓▓▓はお爺さんにかわって、川から水を汲む。お爺さんはその水を、魔法を使って桶に入れる。▓▓▓▓はそれを見ると、ため息をついて呆れたように声をかける。
「魔法使えるじゃん。なんで俺を手伝わせたのさ」
「その方が早く終わるからのう。若人を可愛がるくらい許しとくれ」
「まあいいけどさ。じゃあこの位の水も、魔法でちょちょいのちょいでしょ?」
そう言って▓▓▓▓は、空気で作ったお椀のようなもので、川の水を汲み上げる。それは、2人の頭上を覆うくらいには大きかった。
「ちょ……ちょっと待っとくれ」
「行くよ」
▓▓▓▓はそのお椀をお爺さんの上にひっくり返す。▓▓▓▓の方にも水は流れたが、空気の壁でやり過ごす。そうしてしばらく経ち、周辺が落ち着くと、お爺さんが姿を現す。
「全く……お前さんはあのガキと揃って気が短いのう。もう少し心を広く持たんか」
「そういうおじさんは人をおちょくらないでよ……」
「ほっほっ……そういえば主、わしの可愛い孫とはどうなっとる?」
お爺さんは▓▓▓▓のそばに近寄り、そう語りかける。
「……ほんとにひ孫が欲しいんだね」
「当たり前じゃ!ひ孫の顔を見るまで死ねるか!孫も、主のことを好ましく思っておるからの……むしろ主に孫を貰って欲しいのだが」
「……あのさ、もらうも何も、まだお付き合いすらしてないよ?」
「お見合いはしたじゃろ!付き合ってることになるわい!」
「まだだよ!お見合いしただけで付き合うことにはならないでしょ!」
そうして川辺で言い合いになっていると、誰かが声をかけてくる。
「何を言いあってるの……って、爺。また▓▓▓▓にちょっかいかけてたの?」
「ほっほっ。つい熱が入ってしもうたの。早くやる事やってひ孫の顔を見せとくれ」
「急かすな!そもそも▓▓▓▓が結婚に前向きかどうかすら知らないのに!」
「そうやって赤面しとるくせに何をゆうとる!お前さんは▓▓▓▓に嫁入りするんじゃ!」
「なっ……時、冗談もいい加減にしてよ!」
そう言って、████は顔を沸騰させながらお爺さんを叩き飛ばし、どこかへと走り去ってしまった。
「……今のはおじさんが悪いよ」
「あんな態度を見せられるとわしの方がモヤモヤするわい。さっさと素直になってほしいものよ」
「じゃあおじさんは人にネチネチ突っかかるのをやめてよ」
「こりゃわしの性分なのでな」
「はぁ……とにかく俺はこれで行くよ。おばちゃんに水汲みを頼まれてるんだ」
「……ほっほっ。また家に来るといい。お主の魔法の修練具合を見てやろう」
「わかった。今日のうちに行くよ」
「待っとるぞ」
▓▓▓▓はお爺さんと別れ、お婆さんの元へ歩く。川辺を歩いていると、川岸で子供が川遊びをしていた。▓▓▓▓はそれを見て、████と遊べないかな、と考えた。その考えを脳から追い出して、再びその足をお婆さんの元へと進めた。
「おばちゃん、水だよ」
「おお、ありがとうねえ」
「それとさ、おじさんの口をいい加減縫い合わせてほしいんだけど……」
「……またあんたに迷惑をかけたのか。すまんのぅ、あいつが迷惑をかけて」
「まあ、強引に迫らないから大丈夫だけどさ」
「少しお話してくるの。一緒に来とくれ」
「え?でも、畑作業中じゃ……」
「そんなもんはあとじゃ。老いぼれの説教が先よの」
お婆さんの気迫に押され、▓▓▓▓はお婆さんの後について行く。
村は田舎ながらも、小規模の町と同等の発展をしている。大昔にここに当代の賢者が住み着き、街の発展を手伝ったという逸話があり、村の皆は賢者に感謝の心を表すために毎年祭りを開く。今年の祭りももうすぐで、街は装飾され、屋台も出され、祭りへの準備が進められている。
「お、▓▓▓▓じゃねぇか!この前は木材の調達ありがとな!」
「また手伝うから、その時は言ってね。すぐ行くよ」
「▓▓▓▓かい?明日息子の面倒見てくれないかい?」
「わかった。明日家に行くよ」
「▓▓▓▓〜!ちと手こしとくれ!」
「今は無理かな。帰ったら親父と一緒に手伝うよ」
そんな感じで、引っ張りだこになっている▓▓▓▓を見て、お婆さんはにこやかに笑う。
「お主も人気者じゃのう。小さい時のことを思い出すわい」
「そ、それはやめてよ……」
「ほっほっほ。ほれ、早く行くぞ」
そうして歩くこと数十分。お婆さんの家に着いた。お婆さんは静かに入ると、お爺さんが玄関までやってくる。
「おお▓▓▓▓か、早いの……婆さん?」
「爺さんや……また▓▓▓▓にめいわくをかけたそうよのう?」
「ご、誤解じゃ……話せばわかる」
「爺さん、こっちへこいや」
そうしてお婆さんはお爺さんの襟を掴み、奥へと消えていく。▓▓▓▓は玄関で立ち尽していると、2階から声が聞こえる。
「お婆ちゃん……あれ、▓▓▓▓?」
「まあ、その……」
「……分かってる。お婆ちゃんと来たんだよね?とりあえず、上がって」
「わかった」
そうして▓▓▓▓は████に客間へ案内される。
「ここに座ってて。飲み物持ってくるから」
「わかったよ」
▓▓▓▓は████との会話をしながら、お婆さんのお爺さんへの説教が終わるまで待ち続けた。
「おお2人とも、ここにいたか。ほれ爺さん、2人に謝れ」
「……すまんかったの」
お爺さんの深い土下座に、2人は苦笑しながら許した。そして、▓▓▓▓は一旦家に帰ることにした。
「昼にまた来るよ。じゃあね」
「待っておるぞ」
お爺さんのその言葉に会釈し、▓▓▓▓は帰路へついた。そうして歩くこと数十分。村の外れに、▓▓▓▓の家はあった。
「ただいま。水と食べ物、貰ってきたよ」
「お帰り。今日もいっぱい貰ったのね。これから使うから、手伝ってくれる?」
「わかった。親父は?」
「お父さんはまだ寝てるわよ。それよりも。あなた、お兄ちゃんになるわよ」
「……え?」
▓▓▓▓は脳をフル回転させ、とある結論を導き出す。つまり親父は……
「……早くない?」
「あら、散々弟妹欲しいって小さい時は言ってたじゃない。毎日頑張った甲斐があったわ」
親父にこの時ばかりは同情した。
「……おはよう、いい匂いがするな」
「おはよう親父。もうお昼ができるよ」
「そうか。それじゃあ俺は食卓を整えてくるよ」
「もうお母さんがしてる」
「あなた。ここに座ってて」
「……わかったよ」
親父は言われるがままに、食卓へと腰を下ろし、机へ倒れ込む。
「……今日は狩りへ出ると言ったろ」
「頑張ってくださいな、あなた」
満面の笑みで親父を鼓舞するお母さんの図に、俺は見なかったことにした。両親がラブラブなのはいいが、息子が見てるところでされるととてもいたたまれない。やがて昼食ができあがり、配膳も終わり。食卓を3人で囲む。
『いただきます』
そして昼食を食べ終わり、お爺さんの元へいき。魔法の指導をしてもらう。帰りに祭りの準備を手伝い、その日は終わる。はずだった。
夜中。妙に騒々しい音を聞き、目を覚まし、部屋を出ると。玄関で親父たちが、見知らぬ人と言い合いになっていた。
「息子は息子です。あなたたちの道具じゃないの!」
「だがしかし。髪はあなたたちの子を勇者と認定したのだ。人類の救世主となるために、王都にお越しいただきたい」
「いつまで言うつもりだ?息子はその気は無いと断ってるだろ!」
「……これは最終通告だ。あなたたちの子を、私たちへ。でなければ、神の裁きが下るだろう」
「何度も言っているが、お断りだ。帰ってくれ」
「……その選択を、すぐに後悔することになるだろう」
そう吐き捨て、見知らぬ人は家から去っていく。親父たちは俺に気づくと、すまないと謝ってくる。
「勝手に断ってごめんな」
「いいよ。おれも、あんな強引な手段をとる相手について行く気も起きないし」
「でも……話は聞いてないのよね?私たちが勝手に相手して払っちゃったけど」
「少し聞こえてたよ。勇者に選ばれたっていう話でしょ?」
「……それじゃあ、本当にごめんなさいね。あなたに話すべきだったわ」
「いいって。そもそも、俺はそんな大それたものになる気は無いよ。ただ、ここの暮らしに満足できるようにしたい。親父とお母さんと、一緒に暮らしていきたいんだ」
「ははっ……言うじゃないか」
そう言って、親父とお母さんは▓▓▓▓を抱きしめる。だが、次の瞬間。視界が真っ白になった。最後に見えたのは、親父とお母さんが、にっこりと俺にキスをしてくれたこと。両肌にその感触を残し、親父とお母さんは真っ白な視界から消えていった。
***
「……爆撃完了。対象を除く、全ての人間を殲滅しました」
「よし。それでは、対象の回収へかかれ」
『はっ』
***
真っ白な視界が元に戻ると。辺り一面が焦土と化していた。
「……親父?母さん?」
俺は先程の現象を、ただの視界の錯覚と決めつけ、親父とお母さんを探す。だが、いくら呼んでも、声は帰ってこなかった。しかし、膝を着く前に、声が聞こえる。
「▓▓▓▓!」
「▓▓▓▓!!大丈夫か!」
お爺さんとお婆さん、そして████が空を飛んできた。
「……おじさん、親父は……?母さんは……?」
「……すまぬ」
その一言で、現実を突きつけられた。
「しかしあ奴らめ……ここまでするか」
「……?どういう……」
その瞬間、俺の視界に剣の切っ先が入る。それは、お爺さんの胸を背後から貫かれたものだった。
「まさか生き残りがいたとは……殲滅対象の追加だな」
その声を聞いて俺は気づいた。さっきの家に訪ねてきた見知らぬ人と。
「総員、勇者を除く3名を排除せよ」
そう言うと、周囲から大量の人がお爺さんに斬りかかる。と同時に、お婆さんが障壁を張る。
「▓▓▓▓や!わしらが足止めする!████を連れてあの山へ逃げろ!」
お婆さんが指さす先を見て、俺は理解する。だが、理性が理解していても、本能がそれを拒んでいた。
「で、でも、2人は……」
「わしらはここへ残るぞ。ちょうど、運動不足でな」
「なんの、昔に比べたら軽傷じゃの」
████も、虚をつかれたような顔をしている。つまり、聞いてなかったということに違いない。
「……仕方ないの」
足元に魔法陣が出現する。2人は意図に気が付き、魔法陣の外に出ようとするが、見えない壁に阻まれて出ることが出来ない。
「出して!死ぬなら一緒がいい!私を置いてかないでよ……!」
「████!▓▓▓▓!わしらは主を弱虫に育てた覚えはないぞ!」
お婆さんの喝に、俺たちはハッとする。そうして、お爺さんが言う。
「……生き延びろ」
それを最後に、視界は洞窟内へと変わった。
***
「……まさかと思ったが、元Sランク冒険者の『賢者』殿に『魔女』殿ではないか」
「まさか勇者を強引な手段で連れ去ろうとはの……道理で廃村が多いと思ったわけじゃ」
「我々の勧誘を見られていたとはな。これは早急に処理せねばいけないようだな」
「勧誘?笑わせるな。それは勧誘などではないぞ」
「勇者になるのだ。これ以上の栄光などないだろう?」
「ここはワシらが通さんぞ!」
お爺さんとお婆さんは、集団を足止めする。その命果てるまで。
***
辺りを見渡すと、岩壁しかない。洞窟の中に転移したようだ。
「……ここは?」
「とりあえず、奥へ行きましょう」
「……ああ」
2人は両親、祖父母をなくしたショックを胸に、洞窟の奥へと進む。しばらく進むと、祭壇があった。
「……これは?」
「読めない。なんだろう……」
▓▓▓▓が試しに触ると。脳内に声がひびきわたる。
「……」
「……どう?」
「『捧げろ』……だって」
「それだけ?捧げるものの指定とかは?」
「何も……」
そうやって、二人で悩んでいると。████の腹から剣が生えてきた。否、背後から貫かれていた。
「では、貴様の血肉を捧げればよかろう」
▓▓▓▓は理解を拒んでいた。目の前の様を受け入れることを拒んでいた。悪しからず思っていた████が命の危機に瀕していることを、何よりも理解することを拒んでいた。
「では儀式を始めようではないか」
そうして目の前の奴は俺の手を強引に祭壇に触れさせ、████を生贄に捧げようとする。
『
やつがそう唱えると、████が奇声を上げる。
「黙れ。貴様は勇者を強化するパーツとなれるのだ。光栄だろう」
▓▓▓▓はその一言を聞いて、怒りに包まれた。気づけば、▓▓▓▓は奴の腹に大きな穴を開けていた。やつはそのまま倒れ、そして動かなくなった。しかし、儀式は依然として止まらなかった。
「……待て」
『生贄の追加を確認しました。▓▓▓▓に更なる力の付与を行います』
「待てぇぇ!!!」
最後に████はこちらを向いて微笑んだ。俺はこれ以上、同郷の人を失いたくなかったのに。間に合わず、やつと████は光となり、▓▓▓▓へ吸収された。そして、脳内にまた声が再生される。
『▓▓▓▓は魔王になりました』
▓▓▓▓は、そんなことはどうでもよかった。今はただ、絶望に包まれていた。
両親を失い。
村の人を失い。
お爺さん、お婆さんを失い。
故郷を失い。
████を失い。
何もかも失った。そんな中で魔王になった。▓▓▓▓は魔王についての知識を無意識に引き出す。
(……魔王)
魔王。世界に6もいる、人類の敵。そんな存在になったというのだ。その瞬間、▓▓▓▓はとある考えに至る。▓▓▓▓は洞窟を出て、かつて家があったであろう元へ行くと。お爺さんとお婆さんに無数の武器が突き立てられていた。周りの人は無言で▓▓▓▓に襲いかかった。しかし。▓▓▓▓は手を振り下ろすと。周りの人は潰された。まるで虫を指で潰すように。周りの人はぺしゃんこに潰されたのだ。▓▓▓▓はお爺さん、お婆さん、両親、村の人、そして████の墓を作り。祈りを捧げ、口を開く。
「みんな……俺は人類を滅ぼすよ」
そして、▓▓▓▓は村を離れ、王国領外に出る。新たなる7人目の魔王『孤高なる魔王』、魔王ユグレナとして。
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