第2話:孤独と犯罪のはじまり

消える日常


 排除令の通知を受け取ってから二日。

 藤堂悠真は、家に一人きりで座っていた。

 父と母はあの日、治安局に連れ去られたまま戻っていない。

 「違反者は矯正施設で教育を受ける」――ニュースでそう報じられていたが、実際はどうなるのか誰も知らない。


 机の上には、半分食べかけのトーストが冷たく固まっていた。

 スマホの連絡先に並ぶ友人たちの名前を何度もタップしたが、**「この番号は現在利用できません」**という無機質な音声が返るだけ。

 SNSのアカウントは即日凍結。学校からは「自主退学扱い」という通知が届いた。


 「俺は、存在しない人間になったんだ。」



学校の沈黙


 その日、悠真はあえて学校に行ってみた。

 クラスメイトの視線が一斉に彼を避ける。

 「おはよう」と声をかけても、誰も答えない。

 隣の席の友人・浩平は、一瞬だけ視線を合わせたが、怯えたように下を向いた。


 休み時間。

 悠真は教室の後ろで呟いた。

 「なあ、誰か……話しかけてくれよ。」

 その声は、空っぽの壁に吸い込まれ、まるで無音の世界に響き消えた。


 「俺はここにいるのに、誰も見てくれない。」



飢えと初めての犯罪


 夕方、悠真は財布の残りを握りしめてスーパーに行った。

 レジの店員に500円玉を差し出す。

 「これ、お願いします……」

 だが、店員は無表情でレジを閉じ、後ろを向いた。


 「……受け取ってよ。」

 何度呼びかけても、答えはない。


 その瞬間、悠真の心が壊れた。

 棚にあった菓子パンとジュースを手に取り、そのまま店を出た。

 背後から「泥棒!」という声が上がることも、追いかけてくる足音もない。


 ――止めると違法だから。


 外に出た悠真は、夕暮れのオレンジ色の光の中で、

 パンの袋を引きちぎり、涙を流しながら食べた。



掲示板の声


 夜。

 暗い部屋の隅で、悠真はスマホを握りしめ、匿名掲示板を開いた。

 そこには、彼と同じ排除対象となった人々の叫びがあった。


「排除令で仕事も家族も失った。死にたい。」

「誰か話をしてくれ……孤独で頭がおかしくなりそうだ。」

「俺たちはもう生きてない。幽霊みたいだ。」


 悠真は指を震わせながら打ち込んだ。


「幽霊? なら、俺たちは“悪霊”になってやる。

俺は今日、盗みをした。誰も止めなかった。

どうせ無視されるなら、俺たちがこの国を呪う番だ。」



心の闇


 投稿を終えた後、悠真は天井を見上げた。

 “俺はもう、優しい人間でいる必要はない。”

 家族も友人も、誰も彼を助けてくれない。

 むしろ、法律が彼を人間でなくした。


 「……これが、俺の始まりだ。」


 その目は、かつての穏やかな少年のものではなかった。

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