　僕はあまり朝が得意じゃない。むしろ苦手。だって寒いし、布団から出たくなくなるし。むしろ布団を持って学校に行きたいくらいだし。だけど、しない。変人だと思われるからね！

　と、いうわけで無理やりに起床。ぼんやりした頭のまま、僕の部屋に掛けてあるカレンダーと向き合い、一枚破り捨てた。

　ついに十二月に突入だ。つまり、僕にとっての勝負月というわけだ。

「よし、今日も一日頑張ろう」

　そんな独り言を呟いて気合を入れ直す。どうしてかって？言うまでもないけど、それはクリスマスが近付いてきたから。

　あの日、ミジンコ並の勇気しか持ってない僕が決意して小出さんに声をかけてから、少しずつだったけど、今ではもう普通に喋れるようになった。やっぱり共通の話題があるって、とても大切なことなんだってよくよく思わされたよ。

　だけど、まだまだ。たぶん今、仮に小出さんをクリスマスデートに誘ったとしても、たぶん断られちゃうと思う。きっと小出さんは僕のことを『ただの友達』としか見てくれてないだろうから。だって、話しかけてからそんなに時間も経ってないし。当たり前だよね。

　とは言っても。

「はあ……難しいなあ」

　そんな溜め息交じりに、独りごちる。もういっそのことクリスマスデートは諦めちゃおうかな。焦っても意味がないし。そもそも今まで女の子とお付き合いをしたことがないから乙女心についても全然理解できてないし。それに、別にクリスマスに拘ることもないわけで。

　て、いやいや園川大地。そんな弱気になってどうするんだ！諦めたらダメじゃん！ポジティブに考えなきゃ！そう、ポジティブに！『諦めたらそこで試合終了ですよ』だ！

　そう気合を入れ直して、僕は学校へ向かう準備を始めた。

　＊＊＊

　学校に到着した僕は、まっすぐに自分の教室に向かう。すっかり見慣れた廊下を歩いて。

　そして教室の前に到着したところで、後方の引き戸をガラガラと開けた。

　するとそこに、いつもと違う景色が僕の目に飛び込んできた。ちょっとビックリした。だって、今まで時間ギリギリに登校していた小出さんが、僕よりも早く教室に来て、すでに着席を済ませてたんだもん。

　はて？これは一体？

「小出さんおはよう、今日は早いね」

「お……おはよう、園川くん……」

　んーー？なんか今日の小出さんの声、やけに弱々しく聞こえるんですけど。何かあったのかな？でも、その理由はすぐに分かった。挨拶とともに振り向いた小出さんだけど、クマ。目の下には立派なクマができていたから。めちゃくちゃ眠そう。

　というかこれ、すでにもう半分寝てない？寝落ち寸前五秒前というか、軽く船を漕ぎ始めちゃってる。

「ど……どうしちゃったの小出さん？すごく眠そうだよ？それに、クマがやたらと酷いし。デイゲームの時にプロ野球選手が目の下に付けてるアレみたい」

「ふあぁーー……うん、眠い。でも、そっか。私ってプロ野球選手だったんだ」

「……ごめん、僕が悪かったよ。忘れて。小出さんはプロ野球選手じゃないからね。安心して。で、どうしたの？どうしてそんなに眠いの？」

「うん。昨日ね、小説書いてたら、いつの間にか朝になっちゃってて……。だから全く寝てなくて……」

「え、朝まで小説書いてたの！？ダメだよ小出さん！ちゃんと寝ないと！体壊したらどうするのさ！」

「ご、ごめんなさい……」

　あ、心配しすぎてちょっと口調が強くなっちゃった。そのせいで小出さん、反省するようにしてただでさえ小さな体をより小さく体を縮ませちゃった。悪いことしちゃったかな。

　でも、どうして今日に限って徹夜なんかしたんだろう？

「ねえ小出さん。どうして朝まで小説を書いてたの？」

「早く読みたかったから……。園川くんの」

「読みたかった？え……？もしかして、それって……」

「うん、そう。この前、書いた小説をお互い読み合いっこするって約束したよね？私、園川くんの小説が早く読みたかったの。だから私、少しでも早く書き終えなきゃって思って。ごめんね、心配かけちゃって。もう徹夜はしないね」

　そうだったんだ。僕が書いた小説、そんなに読みたかったんだ。そう思ってくれてたんだ。こんなに大きなクマができるまで、徹夜して頑張ってくれてたんだ。すっごく嬉しい。

　だって、それってつまり、小出さんは一晩中、僕のことを考えてくれていたということだから。まだまだ小さくても、大好きな小出さんの心の中に、僕がいたってことだから。嬉しいに決まってる。

　て……あれ？小出さんが動かない。

「小出さん？小出さん、聞こえてる？応答願いまーす、小出さーん」

　動かなくなり、返事もしなくなった小出さんの顔を、僕は覗き込んだ。

「すぴーっ……すぴーっ……うーん、むにゃむにゃ……」

　小出さん、熟睡。うん、どうやら限界に達しちゃったみたい。

　それにしても、背筋をピンと伸ばして半分口を開けたまま瞼を閉じて夢の中とか。なんて器用な寝方をしてるんだろう。

　僕は小出さんの顔の前で、猫騙しよろしく両手をパンッと叩いてみた。

「ひゃ……！な、なんれすか？！？な、なな、なんか爆発した！？？」

「小出さん、保健室行って少し寝かせてもらった方がいいんじゃないかな？このままだと授業受けるのつらいと思うよ？」

「だ、大丈夫れふ……。もう、寝ません、から…………すぴー…………」

　ぜ、全然大丈夫じゃないじゃん。完全に熟睡モードに突入しちゃってるじゃん。しかも今度は完全に机に突っ伏して寝てるし。

　うん、こりゃダメだ。少しでもいいからこのまま寝かせてあげよう。じゃないと小出さん、授業云々の前に、下校まで体が持たないと思う。

「すぴー……すぴー……むにゃ………………」

　小出さんの可愛らしい寝息を聞きながら、僕は悪戯心で、その可愛らしい寝顔を静かに眺めていた。

　＊＊＊

　ようやく昼休みだ。授業はやっぱり疲れるよ。

　で、小出さんは授業中どうだったのかというと、寝てた。ずっと寝てた。完全に爆睡してた。だけど不思議なことに、先生達は小出さんの居眠りについて怒ることは全くなかった。というか、気付かれてなかった。

　もしかして小出さん、異世界ものの小説の読みすぎで、気配を消す能力でも身に付けちゃってるのかな？

　いや、違うね。ただ単に存在感がないだけだ。でもさ、見事なまでの爆睡状態だったにも関わらず、全く気付かれない小出さんって、一体……。

　だけど、おかげで小出さんはゆっくりと眠れたわけで。なので今、まだ若干眠たそうにはしているけど、とりあえず会話ができるくらいにまでは復活してた。

「小出さん、もう大丈夫そう？」

「う、うん、一応。まだ少し眠いけど……。でも大丈夫だよ。授業が始まったらまた寝るから」

　それ、全然大丈夫ではないよね。寝る前提じゃダメだよね。

　でもきっと、先生にまた寝てることに気付かれないだろうから別にいいか。

　＊＊＊

　それから。僕と小出さんはお昼休み中に、小説のことやらなんやらの話をしていた。相変わらず小説のことになると流暢に喋ってくれた。それでちょうどいいタイミングなので、この前気になってたことを訊いてみることに。

「ねえ、小出さん。この前ボストンバッグごと小説とかをお借りしたじゃん？それでさ、その中にすごく薄い本が入ってて。あれって何なのかな？」

　僕のそれを聞いた途端、さっきまで少し眠たそうにしてた小出さんの目がカッと開いた。あれ？なんで急に覚醒したんだろう？

「え！？え！？薄い本！？それ、入ってたの！？」

「うん、入ってたよ？たった六ページしかない本が。それで読ませてもらったんだけど、内容がちょっとエッチだったからさ。気になって」

　それを聞いて、小出さんはダラダラと冷や汗を流した。そして一気にまくしたてるようにして喋り出したのだ。それはそれは流暢に。今まで以上に。見たことがないくらい必死に。

「ち、違う！違うの園川くん！あ、あ、あれは同人誌ってやつなの！確かに、確かにちょっとエッチな内容だったかもしれないけど！でも！あれはR15の本だから別に悪いことをしているわけじゃなくて！それに決して、本当は私が少しエッチな内容だったりちょっと過激な恋愛小説が大好きだったり、それを集めるのが趣味だったり！そ、そういうわけではないから！」

「……小出さん？」

「は、はい！わ、分かってもらえましたでしょうか！？」

「その……言いづらいんだけど。完全に自爆してるんですけど」

「あ……」

　真っ赤になった顔を隠すようにして、小出さんは再度机に突っ伏してしまった。でも、そのおかげで眠気の方は完全に吹っ飛んだみたいだった。授業中ずっと起きてたから。めでたしめでたし。って、めでたくはないね。

　だって、小出さん。ショックのあまり残りのお昼休み中は突っ伏したまま全く動かなくなっちゃてたから。うん、この話題はもうしないようにしよっと。