第6話 メッセージだよ小出さん!

 時計の針が夜の十一時半を示した頃。


 僕は自分の部屋で、あの役立たずのヒーターをつけながら、小出さんからお借りしたアニメのDVDを流していた。


 が、しかし。内容が全く入ってこない。別に寒いから集中できないとかじゃなく。いや、めちゃくちゃ寒いのは事実なんだけど。で、理由はというと簡潔かつ明白。スマートフォンの様子が気になって仕方がないから。


 僕は今日、学校で小出さんとメッセージアプリ『ネットライン』のIDを学校で交換した。とても嬉しかった。天にも昇る気持ちだった。まさか小出さんが、僕とのメッセージのやり取りを望んでくれるだなんて。


 だけど今、僕は悩んでいた。悩みすぎる程に悩んでいた。何を悩んでるのかって? まあ、ヘタレな理由なんだけど。端的に言うと、小出さんにメッセージを送っていいものかと。ね? ヘタレでしょ? でも仕方がないんだよね。僕の肝はそこまで座ってないし、好きな人にメッセージを送るとか生まれて初めてだし。


「うーん、落ち着かない……。あ、そういえば」


 以前、小出さんから小説やらなんやらが詰め込まれたボストンバックごとお借りしたわけだけど、その中にちょっと気になる物が入っていたんだよね。それが何かというと、やたらと薄い本。開いてみたら六ページしかないの。なんなんだろう、これ。


 中身は確かに小説なんだけど、でも内容がちょっと過激というか、なんというか。有り体に言えば、ちょっとエッチな内容だったんだ。しかも小出さんがいつも好んで読んでいる異世界ものでもないし。はて? 謎すぎて気になって仕方がない。


 まあ、いいか。今度訊いてみよう。それよりも、今はメッセージについて考えよう。


 で、やっと結論。


「うん、今日はメッセージを送るのはやめておこう。さすがにちょっと時間が遅すぎるし、寝てたら起こしちゃ――ん?」


『ピロン』


 スマートフォンの通知音が鳴った。僕はすぐにそれを手に取って確認した。もしかしたらと思いながら。


『小出千佳からのメッセージが届きました』と、液晶画面に表示されていた。


「え!? 嘘でしょ!?」


 夜も遅いというのに、驚きのあまりついつい大きな声を出しちゃった。まあ、声も出るよ。まさか小出さんの方からメッセージを送ってくれるだなんて、あまりに想定外だったから。


 僕は一度唾をごくりと飲み込んだ。そして深呼吸をひとつ。高鳴る胸の鼓動を抑えながら、小出さんからのメッセージを開封した。


【こんばんは! 園川くん、アニメ観てる?(*^◯^*)】


 小出さんが送ってくれた、僕へのメッセージ。しかも可愛らしい顔文字付きである。嬉しさのあまり、また声を出しそうになってしまった。いや、ストレスを溜め込むのもなんだし、もう大声を出しちゃおうかな。『小出さーん! メッセージありがーとう!』って。


 ……うん。ご近所迷惑になるどころか、父さんと母さんが速攻で僕の部屋に来るな。やめておこうっと。


 しかし、どうやら小出さんは顔文字を多用するタイプみたい。昼間のメッセージもそうだったし。真剣な顔をして、可愛い顔文字を打ち込む小出さんを想像すると、なんだかちょっと面白いし、すっごく可愛らしい。


【うん、さっきまで観てたよ。今日はもうテレビ消しちゃったけどね】


【そうなんだ! 面白いからこれかもぜひ観るべし!

 うししっ(●´ω`●)】


 うししっと、小出さんが笑っている。


 小出さんって、ネットだと性格変わるタイプだったんだ。普段の小出さんと比べるとテンションがちょっと高い。まあ、SNSあるあるではあるけどね。


【小出さんは今何してるの?】


【さて問題です、今私は何を

 しているのでしょうか? ( ̄∇ ̄)】


 突然のクイズが始まっちゃったよ。うーん……何をしていると言われてもなあ。ダメだ、全然分からない。クイズとして出してくるくらいだから、いつものように小説を読んだりしいているわけでもなさそうだし。


【小出さん、ギブアップ。見当がつかない や】


【えー? もう諦めちゃうの? ( ̄3 ̄)

 仕方がないなあ】


【ちなみに、正解はなんだったの?】


【正解はー、ドコドコドコドコ──】


 あ、ドラムロールだ。


【正解は、CMの後で!】


【ちょっと小出さん! CM挟まないで! ファイナルアンサー的な某テレビ番組みたいに言わないで! 早く正解教えてよ!】


【正解は、お風呂の中でした \(//∇//)\】


 ええ!? 小出さん、お風呂入りながらスマホいじってるの!?


 小出さんが、お風呂。ということは今、小出さんは一糸纏わぬ姿というわけだよね? あ、勝手にその姿を想像しちゃう。


 って、ダメダメ! 絶対にダメ! 女性の裸を想像するなんて失礼すぎるし、デリカシーなさすぎだし。と、思いつつも、無理! やっぱり想像しちゃう。


 一糸纏わぬ小出さんの姿かあ。とっても色っぽ……くはない。うん、全然色っぽくはないね。言ったら絶対に怒るだろうけど。


 て、いけないいけない。冷静になれ。これじゃ僕がヘンタイみたいじゃないか。もっと紳士的に。かつジェントルマンな返信を心がけないと。


【小出さん、今裸?】


 ぐわあーー!! なんという返信をしているんだ僕は! 血迷ったか! お風呂なんだから裸に決まっているじゃないか! ああ……もうダメだ。絶対に嫌われる。


 と、思っていたんだけど。


【うっふーん♪ もちろん!

 すっぽんぽんだよー! (//∇//)】


 ……何さ、この返し。小出さんのキャラ、完全に崩壊してるんですけど。現実ではいつもあわあわしている、あの小出さんと同一人物とは思えないな。


 まあ、それは置いておいて。僕は今度こそ、落ち着いてちゃんと返信しよう。だから僕は一文字一文字に気を付けながらメッセージを打ち込んだ。


【小出さん! お風呂でスマホいじらないの!】


【怒られた。しゅーん

(´;Д;`)】


【怒ってるんじゃないの!

 風邪引いちゃったら大変でしょ!】


【しゅーん(´;Д;`)】


 なんだろう、この可愛い生き物は。それに、ここまでしゅんとされると、なんか軽い罪悪感を覚えちゃう。ちょっと強く言いすぎちゃったかもしれないなあ。


 なので、僕はフォローのメッセージを送ることにした。


【お風呂でスマホもほどほどにしてね。風邪を引いて学校休んじゃったら、僕寂しいよ】


 フォローではあるけど、これは僕の本心。もし明日、小出さんが風邪でも引いて学校を休んでしまったら、僕は寂しくて仕方がない。それに何よりも、小出さんのことが心配で堪らなくなってしまう。


 しかし、来ない。返信が、来ない。いくら待っても、小出さんからメッセージが返ってこないんだ。どうしたのかな? さっきまでは僕が送ったメッセージが既読になった瞬間、すぐに返事が送られてきていたのに。


 もしかして僕、小出さんに嫌われた? だとしたら僕、もう生きていけない!


 そう、僕が思い詰めていると。


『ピロン』


 メッセージが返ってきた。僕は恐る恐る、そのメッセージを開封した。


【ありがとう♡】


 その返事はたった一言でとても短かったけど、だけど小出さんの気持ちがいっぱいに詰まった、温かなメッセージだった。


 僕はスマートフォンを机に置いて、ベッドに寝転び天井を見つめる。


 小出さんの返事が、嬉しくて仕方がない。

 僕の中で、小出さんの存在がどんどん大きくなっていく。それを僕は実感した。


 だけど、僕はこれからどうすればもっと仲良くなることができるのだろうか。ちょっとだけ、そんな不安にかられた。


 僕はもう一度、メッセージを読み返す。


 そうすれば、小出さんから勇気がもらえるような気がしたから。

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