第13話 終戦
耳の奥で、まだ戦闘の余韻が響いていた。
あの黄金の怪物が去り、戦場にはようやく静けさが戻ってくる。焦げた匂いと土埃の中で、
俺とノルはしばらくその場に立ち尽くしていた。
「……生きてるな?」
ノルがゆっくり息を吐いた。顔も服も泥と血で汚れているが、その目はしっかりしている。
「ああ。奇跡的にな」
自分の声がやけにかすれている。呼吸の乱れがまだ収まらない。
そのとき、駆け寄ってきたアレンが、必死に息を整えながら言った。
「……ネフさん…ノルさん本当に、ありがとう……」
声が震え、目には涙がにじんでいる。言葉が続かず、ただ首を振って嗚咽するように小さく震えた。
俺が言葉を探していると、ノルはふっと肩をすくめる仕草を見せ、すぐに表情を柔らげた。彼はアレンに近づき、そっと肩に手を置く。
「アレン、よく耐えたな」
ノルの声は冗談めかしているが、目は優しい。アレンは驚いたように顔を上げ、少し照れたように笑う。
「ノルさん……?」
「ん? 礼ならいい。だが、次にそんな顔するなよ。変な虫が湧くからな」
言いながら、ノルは軽くアレンの頭を叩くようにして、ぎこちないけれど温かい笑みを向けた。その仕草に、アレンの震えが少しだけ和らいだ。
アレンはぐっと唇を噛んで、目を赤くしながらも、笑顔を返す。
「はい……ありがとうございます、ノルさん、ネフさん。本当に、助かりました」
ノルは照れくさそうにそらし、でもその目は本当に嬉しそうだった。
「別に大したことしてねぇよ。ただ、無事で何よりだ」
そう言って、ノルはふと小さな包みを取り出す。中には干し肉が一切れ。見ればノルが訓練中にいつも持ち歩いていた物だ。
「へへ、食え。力が出るぜ」
アレンは驚いて包みを受け取り、ぎこちなくも嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、俺の胸もほっと緩む。
ノルは俺の方に目を向け、眉をつり上げるようにして言った。
「お前も、ちゃんと深呼吸しろよ。無茶して倒れるんじゃねぇぞ」
その言葉には厳しさの裏に優しさが滲んでいて、俺は素直にうなずいた。戦いの緊張と重さが、ふっと和らぐ――そんな瞬間だった。
ノルの肩が大きく揺れ、次の瞬間、地面に崩れ落ちた。
「ノルさん!」
アレンが駆け寄り、必死に支える。
それは必然だった。当たり前だ。
ノルは敵との死闘で腕を折られ、全身傷だらけだった。あれほどの状態で立っていられた方が異常で、むしろ今まで持ちこたえていたのが奇跡だったのだ。
「……まだ息はある。だが、このままじゃ危ない」
俺はそう言い、アレンからノルを受け取って背負う。血の重みが肩に沈み込み、傷だらけの体温が生々しく背中に伝わった。
「ゲイルを探すぞ」
俺は短く告げ、視線を近くの森の奥へ向ける。
数分も歩かないうちに、血の匂いが強まり、木々の間から見覚えのある広い背中が現れた。
ゲイルだ。その足元には、男女二人の死体が横たわっている。剣を握ったまま動かず、返り血に染まっていた。
こちらに気づいたゲイルが振り返る。視線がまず俺に背負われたノルへ向かい、それから俺の顔をまっすぐ見た。
「……無事か」
短い言葉に、安堵と確認の両方が混じっていた。
「何があった?」
俺が問うと、ゲイルは視線を死体に落とし、淡々と話し始める。
「最初こそ押されたが、苦戦するほどじゃなかった。戦闘不能にして、すぐお前らのところに行こうとした……その時だ。あの白髪の男が現れた」
ゲイルの声が低くなる。
「倒れたこいつらが必死に『助けてくれ』と叫んだが、あの男は軽蔑するような目を向け、『我らのことを喋られたらまずい』と言った瞬間……閃光みたいな速さで動いた」
俺は息を呑む。ゲイルが攻撃されたのかと思ったが――。
「……あいつは迷いなく、この二人の息の根を止めた」
「……味方を……殺した?」
自分でも驚くほど、声が掠れていた。
敵であっても、仲間をそんな形で切り捨てる――その光景が頭に浮かび、思わず背筋が冷たくなる。
ゲイルは静かに頷くだけだった。
俺はまず、地面に転がる男の亡骸に手を伸ばした。
冷たい肌に触れると、淡い光が手のひらから流れ込み、《スキル吸収》の文字が脳裏に浮かぶ。
――《スキル吸収・成功》――
対象:教国軍 特殊行動部隊 副隊長 カイル・フェンロウ
死因:首部への斬撃
最後の言葉:「……たすけ……て……ください……」
吸収スキル:《瞬間強化〈バーストブースト〉》
次に、すぐ隣に倒れている女に
手を伸ばす。
血で濡れた髪が顔に張りついており、その表情は苦悶の中で凍りついていた。
指先が触れた瞬間、再び光が走る。
――《スキル吸収・成功》――
対象:教国軍 特殊行動部隊 副隊長 リサ・エルヴェイン
死因:首部への斬撃
最後の言葉:「……たすけ……て……ください……」
吸収スキル:《極限回避〈エスケープシフト〉》
「……おい、ネフ」
背後から声が飛んできた。振り返れば、ゲイルが鋭い目で俺を見ていた。
「何をしている」
「っ……!」
心臓が跳ねる。
「い、いや……その……状態を確認していただけで……」
自分でもわかるほど不自然な言い訳だったが、ゲイルはそれ以上追及しなかった。
ただ、その視線は鋭く、そして悔しさが滲んでいた。
「……味方に殺されることになるなら、俺が殺すべきだった」
低く、唸るような声。その奥には深い後悔が宿っていた。
戦争は、その後まもなく終結した。
だが終わりを告げる鐘の音の中で、俺たちの中に残ったのは安堵ではなく、疲弊と傷だけだった。
ノルの体は危険な状態で、腕は折れ、全身に無数の傷が走っている。
俺とアレンは医療班に駆け寄り、必死に頼み込んだ。
「お願いです! ノルさんを治してください!」
しかし返ってきたのは、冷たい一言だった。
「雑兵と変わらん兵士に、回復用の貴重な薬は使えない」
その瞬間、背後からゲイルの声が飛んだ。
「……やれ」
医療班が顔を上げた瞬間、ゲイルの眼光が突き刺さる。
「俺が命じる。今すぐ治療しろ」
その圧に押され、医療班は渋々治療を始めた。
ノルを医療班に預け、俺とアレンはゲイルと別れることになった。
「お前たちは先に戻れ。俺は少し、医療班と話をしてくる」
そう言い残し、ゲイルは背を向けた。
道を歩きながら、俺はふとアレンに尋ねた。
「……アレンは、この戦争が終わって兵士を辞めたらどうするんだ」
「そうですね……とりあえず、ノルさんが元気になったら村に帰ろうと思います」
穏やかに笑うその横顔を、俺は心のどこかで「これがアレンとの最後の会話かもしれない」と思い込んでいた。
「ネフさんは、どうするんですか?」
「……俺は……」
答えられない。
戦う理由は、もうない。
守るべき目標も、まだ見えていない。
俺はただ、これからどうすればいいのかを考え続けていた。
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