第2話 生存に値する者
「起きたか、雑兵。死に損ないが生き返ってんじゃねぇよ……」
目の前でそう言ったのは、角ばった顎に泥まみれの鎧を纏った兵士だった。年は三十代後半。こいつも戦場を生き延びた生き残りの一人らしい。
いや、正確には“生き残った”とは言い難い。
俺たちがいるのは、戦後の野戦本部の片隅。もはや“小隊”なんて呼べる形すらなく、残兵の寄せ集め——いわば、“死に損ないの掃き溜め”だ。
あの地獄のような死体置き場で目を覚ましたあと、俺は兵士たちに見つかり、引きずられるようにしてここへ戻ってきた。応急処置もろくに受けず、足に刺さった破片はそのまま。ぼろ布の上で一昼夜、ただうなされるしかなかった。
「おいネフ、お前だろ。雑兵のくせに一人だけ生き残ったって噂のやつは」
「運が良かったなァ。おかげでお前、次の戦場も確定だとよ」
(は……?)
まさか、この世界では「生き残る=再出撃」って仕組みなのか!?
「戦力がねぇんだよ。足りねぇ分は、“生き残った奴”で補うらしいぜ。ありがとな、英雄様ァ」
皮肉を吐いて笑う兵士たち。その笑顔に、情けも優しさも一片もない。
(冗談じゃねぇ……! この世界で生き延びてやると言った矢先に死ぬとか)
俺の足にはまだ異物が残っていて、動かすたびに鋭い痛みが走る。こんな状態で次の戦場とか、確実に死ぬ未来しか見えない。
足が――痛む。いや、鈍い感覚だ。膝下に走る激痛。骨にまで達していたのだろう。出血は止まっているが、足を動かすたびに焼けるような苦痛が走る。
「クソッ……!」
思わず呻いた拍子に、体がふらつき、隣にあった死体の上に倒れ込む。
それは鎧を着た若い兵士だった。俺と同じ帝国の軍装。年は二十代前半。顔に返り血と泥がこびりついていても、その面立ちははっきりしていた。
触れた瞬間かすかに聞こえた。耳ではないどこか、もっと深く。魂の奥に。
(また一つ、血が流れる)
低く、冷たく、名前すら持たない“何か”の声。
——《スキル吸収・成功》——
対象:帝国第三軍・衛生兵 シュリオ・ベイン
死因:胸部貫通(槍による)
最後の言葉:「誰か……誰かだけでも、生きて……」
吸収スキル:《自己修復〈リジェネレーション〉》
「……っ、な、に……?」
脳に直接流れ込んでくる情報。理解できない。だが、直後――
ジュウ、と自分の脚の中で音がした気がした。違和感、いや感覚が、膝下に戻ってくる。
傷口が……塞がっていく。
「なっ!? て、てめえ……傷が……!」
兵士の一人が目を見開く。俺の膝を見ていた男が、思わず叫んだ。
「おい、あの傷、骨まで逝ってたはずだぞ!? 何だ、治ってやがる!」
治癒魔法でも受けたのか? いや、誰も詠唱していない。ポーションも使ってない。なのに、この回復――
「……回復した、俺が?」
俺はただ、死体に手を触れただけだった。すると、妙な“情報”が流れ込み、そのあとすぐに傷が癒えた。
それだけ。
「スキル……を、奪ったのか? いや、吸収した?」
俺の頭に浮かんだ単語は、現代日本のものではなかった。この世界の“知識”だ。どうやらこの世界では、死者から“能力”を得る方法があるらしい。
だが、それは普通の人間にはできないものだ。まして、こんな無詠唱、無媒介で。……つまり、これは俺の“スキル”なのか?
生き残った理由は、偶然じゃなかった。
「……面白ぇじゃねぇか」
男がニヤリと笑った。
「よし、生存者リストにネフ=アシュトンって名を加えておけ。医療班には回さなくていい。自分で治したみてぇだからな。仕事が楽になったぜ」
生き延びた理由。スキルを得た。負傷していた脚が、完全に治っている今、ひとつだけ確かに思えることがある。
俺は、この異世界に来て――
ただのモブ兵士じゃない、“何か”になったのだ。
* * *
その後、俺は帝国軍の
(俺は選ばれたんだ。生き延びるための力を持ってる。誰も知らない、生存の武器を……)
だが。
「あいつ体が治癒魔法も使ってないのに治ったらしたらしいぜ」
「どうせ、最初から軽傷だったんだろ」
「ネフって誰だよ、いたっけそんなやつ……?」
俺が、英雄になったつもりでいたのは、ただの勘違いだった。
モブ中のモブ、ネフ=アシュトン。
だが、俺は知っている。
この体に秘められた“生存者の力”を。
この異世界で、生き残ることに特化した唯一無二の武器を。
生き延びてみせる。
何があっても、生きてやる。
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