第13話 詭計 ─サイレント ノイズ─
トミーはなにも言わなかったが、頭の中はフル回転だった。体にまとわりつく嫌な汗が止まらなかった。
(ジークに頼まれたのか、俺個人がやったのか……笑いながら選別してる)
伏せ目でジェスを盗み見た。
(まだ俺がやったとは思ってないみたいだけど……)
ジェスは目の笑ってない笑みを浮かべている。
(俺がやったとバレたら、終わり……。次はない。……だったら)
ゴクリと息を飲んで腹を決める。
(『黙ったまま刺す』しかないってことか)
◇
笑わない目をしたジャスの笑顔から、トミーは少しだけ目をそらし、苦笑いを作った。
「わかりました……ジャスには、かなわないってことですね」
諦めたように左手を上げ、ジェスに背中を向けた。ジャスの視線を左に向けさせ、少し体を回した瞬間、ポーチの内側のスイッチを軽く押した。
USBキー内部の二重暗号化データが、自動的に上層へ送信を開始する信号をトリガーする。最初の送信は位置ログだけだった。今度は『顔』も『操作』も、『音声』も、すべてを添えて飛ばす。
“逆探知”、完了。
◇
遠くの通気口から、かすかに足音がする。
通信担当が動いたのか、リーダーが異変に気づいたのか──
気配が変わった。
ジャスもそれに気づいたのか、視線をトミーからゆっくりと外した。笑顔を崩さず、静かにUSBをトミーの手のひらへ戻した。
「……ま、いいよ。そういう態度も嫌いじゃない」
彼はそれだけ言って、足音も立てずに去っていった。
その後ろ姿を見ながら、トミーは壁に背中を当てたまま、ずるずると座り込んでしまった。
目の前で起こる出来事。全てが現実だった。
チームは助けあうものだと思っていた。少なくとも、今まではそうだった。
過酷な現場で寄せ集められたメンバーが己の力だけを頼って生き抜くしかない。今の自分がそうだった。
耐えられない重圧にトミーはまた吐きそうになっていた。
◇
トミーはその場から立ち上がれずにいた。
USBを握りしめる手のひらは汗でじっとりと濡れている。ツールボックスに仕舞おうと動かした指先にはまだ震えが残っていた。
さっきのやり取り──あれはもう、「バレている」という前提での『探り合い』だった。
百戦錬磨のジャス相手に新人のトミーの嘘がどこでバレたのか、そうではなかったのか……。
だが、ジャスは手を出さなかった。殺すでも、逃げるでもない。
(早く届いてくれ!)
トミーはそう感じていた。
──つまり、まだ『完全に』トミーが送信し切ったかどうか、確認できていない。
「間に合えよ、指令部……」
トミーはポーチの内側に仕込んだ表示ランプを見た。
赤。まだ回線は不安定。中継端末が一つでも落ちていれば、映像は届かない。
イヤフォンを手に取る指先は、まだかすかに震えていた。もたつきながらも、片耳に差し込む。
……ノイズ。静電気のような微かな音。
数秒の沈黙のあと、遠くで“それ”が動き出した。
──プツッ。
通気口の奥。誰も使っていない無線式インターフォンが起動音を立てた。
通常では地下には信号は届かない。だが、緊急用の中継端末が起動した時だけ、例外がある。
「──トミー。聞こえますか。こっちはイヴァン。データは届きました。あなたが仕掛けた灰灯(逆探知)も、ジャスの動きも、確認しました」
耳の奥に響くその声に、トミーの膝が一瞬だけ揺れた。
──聞き慣れたイヴァンの声だった。
「リーダーに通達を入れます。対象、拘束対象に移行。……ただし、内部の混乱を避けるため、作戦指揮は現地に一任することになります」
──つまり、どう動くかはリーダー次第。
「あなたはリーダーの指示に従って下さい」
淡々とした声だったが、「四人を守って」と言った彼の顔が思い浮かんだ。そして、今は彼しか信用できないことを思い知るのだった。
◇
耳元で、連絡担当のイヴァンの声が再度響いた。
「──リーダーへの通達は済みました。ジャスへの対応は現地判断となります」
トミーは無言で頷いた。
この瞬間、司令部の責任は『指揮権の移譲』によって切り離された。
『現地の判断』
──指令部の後ろ盾はもう無い。
この先は、“自分たちの責任”でジャスを止めなければならない。その事実にトミーは一つ息をついた。顔を上げたトミーの目には光が戻っていた。
呼吸を整え、トミーはゆっくりと体を起こす。
薄暗い通路の先、休憩室のほうから小さな声が聞こえる。
皆がいる場所へ──戻らなければならない。
◇
トミーが扉を開けたとき、そこにいた全員が一斉に彼を振り返ったわけではなかった。
むしろ話題は、「これからどうする」という空気が漂っていた。
アドの隣で不満げに腕を組んでいる「IT」担当のジークの話し声が聞こえた。
「結局、支局は俺知を見捨てるのか」
椅子に腰を下ろした「通信」担当のテスは、相変わらず携帯をいじりながら、
「自由にやれるんだから、いいじゃん」
とさほど気にしていないようだった。
唯一、部屋に入ったトミーを見たのは「戦闘」担当のノヴァだった。
彼女はちらりと見ただけで、煙草の代用品を吸ってはふーっと息をついていた。
そして、その正面。
冷ややかな視線を向ける「リーダー」アドが立っていた。
その中心に、ジャスがいた。
背筋を伸ばし、余裕の笑みを浮かべたまま──。
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