第12話 境界 ─デッドライン─
「中央局から「メカニック」についての情報が入りました」
アジア支局の司令部で、通信官の女性が声を上げた。
同時に情報統括のアルのデスク横のプリンターからレポートが排出される。
その報告に目を通した情報統括のアルがつぶやいた。
「……トーマス・マクレーン? 教育課の奴じゃなかったっけ?」
「知ってるのか?」
指揮官のジョイがアルに尋ねると、彼は頷きながら答えた。
「後輩のメンター(指導教官)の名前がそうだったんだよ」
「でも……機械課ではあるみたいですね」
用紙を覗き込みながら、連絡係のイヴァンが言った。
「こいつ……面白い経歴してるな。情報で入ったくせに機械課に入り直してセンターのメンテまでやってる。一昨年は教育課に出向して昇格出来ずに、昨年はバッグサポートに配属か」
ジョイがそう言うと、
「だから情報もできるのか。 でもそれだけじゃ『灰灯(逆探知ソフト)』を持っている理由にならないけど……」
アルがそういうと、アルの隣で作業をしていたケネスが口を挟んだ。
「その彼、チーム「エフェクト」のリーダーじゃないですか」
「何だ、それ?」
ジョイが聞き返すとケネスが説明を続けた。
「中央局が管理してる、ハッカー集団のプラットフォームがあるんですが、そこの運営を行ってるチームですよ」
中央のプラットフォームは、技術習得、人材確保の目的で行われている。ハッカーたちが攻撃を仕掛けられる公式サイトであり、その運営となれば、それなりのスキルも必要となるのだった。
「ハッカー相手か……それで『灰灯』を持っていたのか」
アルがつぶやくとジョイが聞いてきた。
「だが、なんでそんな奴がバックサポートにきてるんだ? しかも卒パス(初回任務)だろ? 現場が初めてじゃ、生き延びる保証もないぜ」
そう言われイヴァンは初めて彼とあった時の事を思い出した。一度目の緊張した面持ち、二度目の拒絶……。単独行動が主となる諜報員としては、彼はあまりにも人間らしい感じだった。
「……あとは、切るんですよね」
イヴァンは低い声で念を押した。
今回のプロジェクトは裏切り者が出たために中止となり、ここ支局からのサポートは打ち切りとなっていたのだった。
「チームに一任すると言ったんだ」
指揮官のジョイはそう言って、イヴァンから目を逸らした。イヴァンはその様子を上目遣いに見ていた。その時だった。
「トーマスより連絡です」
分析官の声が飛んだ
いち早く反応を下したのはアルだった。
即座に信号を確認し、返信を飛ばした。
【確認した。対象=ジャスで確定。任意に行動せよ】
「すげぇなこいつ。Wi-Fi使えない環境でも信号飛ばしてくるんだ」
アルは感心しながらジョイをちらりと見て言った。
「チームエフェクトのリーダー切るとなると、中央は大損だな。メカニックにも長けたエキスパートを1人失うんだからな」
アルの言葉にジョイが少し苛立ち毒ついた。
「何やってんだよ、中央の無能集団ども。支局の仕事、増やしやがって」
「ジョイ」
その言葉にイヴァンの顔が少し明るくなった。
「うちのバックサポートの連中に連絡を取れ。チームの救出だ」
「「はい」」
支局司令部が一斉に動き出した。
最後にジョイが指揮を飛ばした。
「だが、内部の混乱を避けるため、『作戦指揮は現地に一任』この姿勢は貫く」
その声にイヴァンたちは頷いた。
◆
一方、アジトではジャスがトミーに詰め寄っているところだった。
USBキーを手にしたまま、ジャスはしばらく黙ってトミーを見つめていた。
その表情には怒りも焦りもない。ただ、じっと、見極めていた。
トミーの中で、警鐘が鳴り響く。
──ヤバい、気づかれたか?
その瞬間、ジャスの口元に笑みが浮かんだ。穏やかで、柔らかい。でも、どこか貼り付けたように冷たい。
「……なあ、トミー。お前ってさ、いつから『そんなに詳しかった』っけ?」
「え?」
「いや、ふと気になってさ。この前もさ、修理する理由もないのにサーバーの確認とかしてなかったっけ?」
トミーは笑ってごまかそうとするが、口が乾いてうまく動かない。
ジャスはゆっくりと、USBキーを目の前に差し出して言った。
「リーダーに見せる前のファイルを勝手に開いちゃったのは悪いと思ってる。……でもさ」
指先で前後に振りながらふっと声を落とした。
「もし『これが』がオトリだったとしたら──誰がそんなもの、仕掛けられる?」
間が空いた。トミーの背中にじわりと汗が滲んだ。
その空気を破るように、ジャスが低くささやく。
「まさか、お前? ──ジークに『なにかを頼まれた』んじゃないのか?」
ぞわりと背中が冷える。
笑っているのに、目だけがまるで“本気”だった。
ジャスは一見、軽く会話をしているだけのように見える。
だが、ひとつひとつの言葉に、探りと圧が込められていた。
(やっぱ……こいつ、『知ってる』のか……それとも今は『試されてる』だけか?)
トミーはあえて肩をすくめ、棒読み気味に言った。
「僕……は、なにも……頼まれて……ないです」
「そう。『なにも』ね」
ジャスの笑顔が、ほんの少しだけ鋭さを増した。
ジャスは一歩、トミーの耳元に近づいた。
「君ってさ、損な役回りだよな。みんなの雑用や、舐められてて、でも黙ってる。……だけど、もし『上手く立ち回れたら』、君みたいな存在が一番おいしいポジションだったりするんだぜ」
トミーの眉がわずかに動く。それを、ジャスは見逃さない。
「どうする? 見なかったことにするなら、今この場で『無かったこと』にしてやってもいい。上には黙って、誰にも言わない。……お前にとっても、その方が得じゃない?」
選べ。
そう言っている。
今ならまだ『敵』と明言されていない。ただし、この先一手でも間違えば、完全に標的にされる。
──命も、消されかねない。
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