第三京浜編・2・残滓追跡

 港北インターチェンジから第三京浜へと進入する。複雑な立体交差の道が渦巻くように続き、夜織はまるで遊園地のアトラクションを楽しむ子供のように、陽介の背中で小さく身を揺らした。

「面白い道さねぇ、陽介」

 その声に陽介も少し笑みがこぼれる。


 陽介は、以前作った「簡易デバイス」を胸ポケットで稼働させ、本線に走り込み、事故現場までの道の状況を録画し始めた。このデバイスは、FUMのプロトタイプで、特定の想子力場の変異で発生する可視光線外の痕跡を可視化できる。ディスプレイには、路面にうっすらとわだちのように残る、想子力場の残滓が映し出される。


 間もなく、二人は事故の現場に差し掛かった。そこは、まさに車が壁を突き破り、小机城址公園敷地内に転落した地点だ。事故処理は既に終わっていたが、規制線が張られ、まだ生々しい痕跡が残っている。陽介は路肩にバイクを停め、降りて事故現場を観察する。

「これ……ブレーキ痕がない」

 陽介が地面を指差した。通常の事故なら必ず残るはずのタイヤ痕がないことに、異様な雰囲気が漂う。

 夜織も陽介の隣で、事故現場をじっと見つめている。彼女の人間離れした目には、紫外線とは異なる、何かしらの怪異が絡んでいるであろう、霊的な痕跡が見えているようだった。

「事故現場のずっと前の道から、歪みをひきずっておりんすね……」

 夜織の言葉に、陽介は頷くしかなかった。この情報では怪異の特定はでない。

 調査を終え、二人は保土ヶ谷PAに立ち寄った。夜景が美しいテラス席で、陽介はホットコーヒーを、夜織はソフトクリームを手にしている。

(うーん、綺麗なお姉さんとナイトツーリングのデートしてるみたいだな……)

 陽介は、隣でソフトクリームを上品に舐める夜織を見て、密かな優越感を味わっていた。

「やっぱり、おれだけじゃ調べきれない。自爆事故ばかりだっていうから、何かしらの、精神に干渉するタイプの怪異だろうけど、それが何なのか特定できない。朽木さんに、一度見てもらいたいな」

 陽介は、手元のデバイスの録画データを見せながら、夜織に意見を求めた。夜織はコーンの先まで食べ終えると、陽介の顔を見た。

「こねえだ言ってた元モノノフという御仁でありんすか?」

 夜織の言葉に、陽介はうなずく。


 夜が明け、陽介は夜織とタンデムで新横浜駅に向かう。

「ちょいとこの乗り物、預かっていいかえ、使い方は見ててわかったきがするのさ、なかなか爽快じゃありんせんか」

「いいけど、免許は?」

「住民票もありんせん妖怪がとれるのかい?」

 陽介と夜織が笑う。ひとまず、鶴見川の河川敷で試しに乗っててもらうことにした。

 駅の開発室で、朽木に状況を説明する。陽介の簡易デバイスで録画した映像を流しながら、第三京浜での異様な連続事故、ブレーキ痕の欠如、そして検出された想子力場の残滓について報告する。

「精神に干渉する何かが原因なのは間違いないと思います。ただ僕には特定できません……朽木さん、一度現場を見てもらえませんか?」

 陽介の言葉に、車椅子に座った朽木は、じっと考え込んだ。

「なるほど……。霊的な干渉であれば、この私にも感知できるかもしれん」

 朽木さんの顔に、久々の「仕事」に対する緊張と期待が浮かぶ。


「では、私が運転していく。」

 朽木は、自身が通勤にも使っているという、身障者用の手動運転装置付きプリウスの鍵を手に取った。

 「FUMバージョン2を持っていきましょう。」

 朽木と陽介が共同で修繕、改良したFUMの改良版があった。

 観測珠を光学的に3次元撮影し、コンピュータで解析するのは同様の構造であるが、撮影用のCCDがプロユースのものになり、ダイナミックレンジが広がり、さらに深いデータを取得できるものに改良されていた、さらには筐体が金属の強固なものとなり、そう簡単には破壊されない、さらに車のシガーソケットの直流12Vからでも電源供給ができるように改良されていた。


 朽木の運転する車で、ひとまず夜織のいる鶴見川河川敷へ。

「この方が、夜織さんです」

 陽介が紹介すると、朽木さんの目が僅かに見開かれた。夜織の持つ、人間とは異なる、しかし敵意のない、不思議な雰囲気に、彼は驚きを隠せないようだった。

「……半妖、か。だが、その想子力場に、穢れはないな」

 朽木さんは、夜織をじっと見つめ、やがて静かに頷いた。彼の霊的な感覚が、夜織の本質を見抜いたのだろう、微笑んで会釈する。

 夜織もまた、朽木さんの真っ直ぐな視線を受け止め、小さく会釈した。


 夜織はRZ-250Rをギクシャクさせながらもそれなりに運転できるようになっていた。

 朽木と陽介はプリウスで再び第三京浜道路へ。夜織は追走する。

 FUMの電源をいれ観測。事故現場に差し掛かり、路肩に車を停める、バイクもその後ろだ。陽介がプリウスを降りて、車椅子を出し、朽木を移動させ、押しながら現場を確認する。

「FUMにしか検知できない想視力の残滓が事故現場の先にも見える。ここまでは、事故車両と並走しているな。どこまで続くか、残滓を追跡しよう」

 夜織が感心したようにいう。

「言われてようやっと見えんした、ようこんなものがわかりんすね」

 助手席で、陽介がFUMをオペレーションしつつ反応を追う。微かな残滓は保土ヶ谷インターを抜けジャンクションを介し小田原方面へ、横浜新道に続いている。

 横浜新道は吉田茂首相の指示で建設された「ワンマン道路」の俗称もある道路である。夜織のバイクも追走する。

 残滓は、横浜新道の終点、戸塚ICを抜け、国道1号、東海道と合流したところで途切れる。そのまま国道1号を先に進み、コンビニの駐車場で、情報を共有。

 少し考え朽木は陽介と夜織に問うた。

「この件の報告をしたい方がいるのだが、寄り道をして良いかな」

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