三 振り返る彼女

 もしも彼女が本当に都市伝説の女幽霊──〝後姿の女〟だったら、毎回乗る度に出会う僕は完全に取り憑かれています。


 そして、今はまだ背中を向けている彼女が、いつかこちらを振り返ったとしたら……。


 そう考えると急に怖くなり、運命の恋も一瞬にして醒めると、僕はもう彼女と出くわさないよう、意図的に電車の時間を変えたりと遭遇を避ける努力を始めました。


 …………しかし。


 どんなに乗る時間を変えても、また、乗る車両の位置を変えたりしてみても、やはり彼女は僕と同じ電車、僕と同じその車両にいつもいるのです。


 少し前までは〝運命の出会い〟などとロマンチックに捉えていましたが、冷静になって考えてみれば、これは明らかに異常な遭遇率です。


 こんなにも偶然に、100%の確率で出会うなんてことはまずありえません。


 これは、彼女の方が僕に合わせてきている……そうとしか考えられないのです。


 それに、おかしなことはまだ他にもあります。


 サークル活動で帰りが遅くなり、すっかり暗くなってから電車に乗ったその日、言い知れぬ恐怖を抱きながら、数歩先にいる彼女の後姿を凝視しているうちに、それまではまったく疑問にも思っていなかったあることに気づきました。


 彼女は、どんなに電車が揺れようとも直立不動に立ったまま、まったく動じることがないのです。


 ブレーキがかかって大きく車両が揺れる時も、僕を含め他の乗客達が軒並み態勢を崩される最中、彼女だけがピクリとも動いてはいないのです。


 無論、吊り革に掴まるなんてこともありません。


 それに、よくよくその周囲にも意識を向けてみれば、他の乗客達の目には彼女が見えていないような感じも……。


 だとしたら、彼女はやっぱりこの世の者ではないのか……まったく透けてはいないし、見た感じは普通に生きてる人間と変わりないんだけど……。


 と、背筋を凍らせながらも意外と冷静な分析を加えていたりもしたその時、それまで微動だにしなかった彼女の身に、突然、思わぬ動きが現れました。


 あんなに後姿しか見せることのなかった彼女が、不意にゆっくりと、こちらへ向けて振り返り始めたのです。


 ゆっくり、ゆっくりと、まるでスローモーションでも見てるかのような緩慢なスピードで、彼女の身体が僕の方へと徐々に回転してゆきます。


 考える間もなく、思わず目が釘付けになってしまっていると、やがて、今までその片鱗すら覗うことのできなかった彼女の横顔が見えてきました……。


 ……! ダメだ! このままじゃ顔を見てしまう!


 そこで、ようやくその禁忌を思い出した僕は、咄嗟に目を瞑って顔を横に背けました。


「………………」


 そのまま瞼を硬く閉ざし、歯を食いしばって身構えること数秒……特に何も起きないし、近くに彼女の気配を感じるようなこともありません。


 ……助かった……のか?


 どうやら、危機一髪、彼女の顔を見ずに済んだようです。


 何も変化がないってことは、顔を見なかったおかげで命の危機を脱したのだろうか?


 半信半疑ながらも、僕は状況を確認するために恐る恐る瞼を上げてみます。


 まあ、もしまだ彼女がそこにいたとしても、顔を反対側へ背けているので見てしまうことはないでしょう……そう、どこかで高を括る気持ちがあったのかもしれませんが、その一瞬の油断が大きな間違いでした。


 時刻は日も暮れた夜八時過ぎ。僕はガラス窓の方へ視線を向けていますが、その窓は流れる外の景色を映すのではなく、相反する車内の照明と夜の闇によってそれは暗転し、一種、鏡のようになっていたのです。


 その黒い鏡に写る僕の肩越しの背後……そこに、こちらを向く彼女の顔もまた映っています。


 僕は、あれほどまでに見たかった彼女の顔を、思わぬ形でついに見ることになってしまいました。


 では、かねてからの予想通り、やっぱり彼女は振り返っても超絶美人だったのか?


 ……いや、美人などとは程遠い…というより、そんな概念すら通じない造形をしていたのです。


 痩せこけ、髑髏のようになったその顔の目の部分には、つぶらな瞳の代わりにぽっかりと黒い穴が空いています。


 また、口もやはり穴のように大きく楕円に開いており、まるで、苦悶に歪んだ表情を浮かべ、深い怨みに断末魔の悲鳴をあげているかのようです。


「ひっ……!」


 車窓の鏡の中にその顔を認識した瞬間、僕は恐怖のあまり気を失いました──。

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