【結婚式前夜 鳳院シズル視点】

 窓の外では、月が柔らかく光っていました。

 明日、この人は――わたくしの伴侶になりますの。


 机の上には、白い手袋と薄紫のリボン。

 ユウさんが「似合うかな」なんて言って、恥ずかしそうに手に取っていたものですわ。


 思い返すたび、胸の奥が熱くなります。


「……眠れませんの?」


 後ろからそっと声をかけると、ソファに腰掛けたユウさんが、はにかんだ笑みを見せました。


「うん……なんか、信じられなくて」

「何がですの?」

「だって、わたしが……シズルと結婚するんですよ?」

「当然のことですわ」


 わたくしは、彼女の隣に腰を下ろします。


「あなたは、わたくしがこの世でただ一人、心から愛する方。選ぶ理由に迷いなどありません」


 指先が、自然と絡み合いました。

 あの日、壇上でこの人の手を取ったときと同じ――いえ、それ以上に確かな温もり。


「シズル……明日、ちゃんと歩けるかな。緊張して転びそう」

「転んだら、わたくしが抱き上げて差し上げますわ」

「……っ、そういうこと真顔で言わないで……」

「本心ですもの」


 わたくしの言葉に、ユウさんが頬を染めて笑う。

 その笑顔を、これから先の生涯、何度でも見たい。


 いいえ、必ず守ってみせますわ。


 ふと、窓辺のカーテンが揺れ、月明かりが二人を包み込みました。

 銀色の光の中、わたくしはそっと彼女の頬に触れます。


「……眠れぬ夜は、こうして傍にいて差し上げますわ」


 瞳を閉じたユウさんが、小さく頷きました。

 明日は、わたくしたちの人生で新たな一歩を踏み出す日。


 恐れることは何もありませんわ。


 わたくし達は、もうとうに“互いの選択”をしているのですから。

 その夜――わたくしは彼女の手を握ったまま、静かに朝を迎えました。




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