第21話 恋に落ちる稽古
配役発表から数日後。
放課後の講堂は、まるで舞踏会の準備室のような空気に包まれていた。
舞台袖には純白、真紅、ロイヤルブルー……豪華なドレスがずらりと並び、絹の生地が照明を柔らかく反射している。
実行委員の上級生が器用な手つきで背中のファスナーを上げ、軽く形を整えてくれた。
鏡の中に映る自分を見て、悠は息をのむ。
(……本当に、姫みたいだ……)
「悠花さん、そのシルエット……まさしく姫ですわ」
静流の声音は冗談ではなく、ただ事実を述べているように聞こえた。
◆
着替えを終え、ステージに上がると演技指導が始まった。
「次は“恋に落ちるシーン”です。台詞はアドリブで。ペアは……悠花さんと、静流さん」
(……やっぱり、そう来るよね)
舞台の真ん中で、二人が向かい合う。
少しの間があって、静流が口を開いた。
「……わたくし、あなたのことをずっと見ておりました」
落ち着いた声色と、自然な立ち姿。
歩み寄ると、そっと悠の手を取る。
「気がつけば――あなたしか見えなくなっていたのです」
(な、なにこれ……演技だって分かってるのに、胸の奥が熱くなる……)
観客役の生徒たちが息をのむ気配が伝わってくる。
その瞳の奥にあるのは、台本の文字じゃない。
静流自身の想いが滲んでいる気がして、視線をそらせなかった。
(……やばい。これ、演技じゃない……私、本当に――この人に……)
◆
その夜。
寮のベッドに潜り込んだ悠は、舞台での視線や手の温もりを何度も思い返しては、枕に顔をうずめる。
(これ……本番まで気持ちがもつのかな……)
文化祭まで、あと数日。
稽古のはずが、静流という人そのものに惹かれていく――そんな予感がしていた。
Side Story:静流の胸の中
稽古場の空気が、ふと変わったのは、あの人がドレスに身を包んだ瞬間だった。
照明を受けて白い裾がふわりと揺れる。
それだけで、胸の奥に熱が差し込んでくる。
「……わたくし、あなたのことをずっと見ておりました」
台本にはない言葉を、自然に口にしていた。
言わずにいられなかった。
あれは“姫”への台詞ではなく、天城悠花という人への告白だった。
そっと手を取れば、彼女は驚きで目を見開く。
柔らかな指先が、わずかに震えている。
その震えを鎮めるように、少し強く包み込む。
――離したくなかった。
「気がつけば――あなたしか見えなくなっていたのです」
観客役の生徒たちの息が詰まる気配が伝わる。
でも、わたくしが見ているのはただ一人。
あの瞳に映る景色が、わたくしで満たされるようにと願っていた。
稽古が終わっても、指先のぬくもりは消えなかった。
この感情を舞台が終わっても抱き続けるのだろう――
そんな予感が、静かに、しかし確かに胸の奥で灯っていた。
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