第21話 恋に落ちる稽古

配役発表から数日後。

 放課後の講堂は、まるで舞踏会の準備室のような空気に包まれていた。


 舞台袖には純白、真紅、ロイヤルブルー……豪華なドレスがずらりと並び、絹の生地が照明を柔らかく反射している。

 実行委員の上級生が器用な手つきで背中のファスナーを上げ、軽く形を整えてくれた。


 鏡の中に映る自分を見て、悠は息をのむ。


(……本当に、姫みたいだ……)


「悠花さん、そのシルエット……まさしく姫ですわ」


 静流の声音は冗談ではなく、ただ事実を述べているように聞こえた。



 着替えを終え、ステージに上がると演技指導が始まった。


「次は“恋に落ちるシーン”です。台詞はアドリブで。ペアは……悠花さんと、静流さん」


(……やっぱり、そう来るよね)


 舞台の真ん中で、二人が向かい合う。

 少しの間があって、静流が口を開いた。


「……わたくし、あなたのことをずっと見ておりました」


 落ち着いた声色と、自然な立ち姿。

 歩み寄ると、そっと悠の手を取る。


「気がつけば――あなたしか見えなくなっていたのです」


(な、なにこれ……演技だって分かってるのに、胸の奥が熱くなる……)


 観客役の生徒たちが息をのむ気配が伝わってくる。

 その瞳の奥にあるのは、台本の文字じゃない。

 静流自身の想いが滲んでいる気がして、視線をそらせなかった。


(……やばい。これ、演技じゃない……私、本当に――この人に……)



 その夜。

 寮のベッドに潜り込んだ悠は、舞台での視線や手の温もりを何度も思い返しては、枕に顔をうずめる。


(これ……本番まで気持ちがもつのかな……)


 文化祭まで、あと数日。

 稽古のはずが、静流という人そのものに惹かれていく――そんな予感がしていた。


Side Story:静流の胸の中

 稽古場の空気が、ふと変わったのは、あの人がドレスに身を包んだ瞬間だった。

 照明を受けて白い裾がふわりと揺れる。

 それだけで、胸の奥に熱が差し込んでくる。


「……わたくし、あなたのことをずっと見ておりました」


 台本にはない言葉を、自然に口にしていた。

 言わずにいられなかった。

 あれは“姫”への台詞ではなく、天城悠花という人への告白だった。


 そっと手を取れば、彼女は驚きで目を見開く。


 柔らかな指先が、わずかに震えている。

 その震えを鎮めるように、少し強く包み込む。


 ――離したくなかった。


「気がつけば――あなたしか見えなくなっていたのです」


 観客役の生徒たちの息が詰まる気配が伝わる。

 でも、わたくしが見ているのはただ一人。

 あの瞳に映る景色が、わたくしで満たされるようにと願っていた。


 稽古が終わっても、指先のぬくもりは消えなかった。


 この感情を舞台が終わっても抱き続けるのだろう――

 そんな予感が、静かに、しかし確かに胸の奥で灯っていた。

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