P004/05/犬娘、闘技場に出る
エルンストは雷撃を放った後に爆発したのを見て、そのまま爆発の奥を見やるように目を細める。
土煙などもあって視界は劣悪。対戦相手であるマコトの姿を視認できない。
闘技場において、相手の命を奪ってはならないというルールがある。勿論、意図せず結果的に相手の命を奪ってしまった場合について、故意でなければ容認されるという風潮はあるものの、基本的には避けるべきというのが実情である。
これがもし実戦であったならば、エルンストは更に魔法を重ねて爆発の奥――マコトがいるであろう場所へと叩き込むつもりである。
しかしながら、ここは闘技場。
前回覇者がそのような形で疑惑の勝利を掴むのは違うだろう、と自制する。
『これは決まったかァ?』
実況兼進行役はそのように言うが、エルンストの警戒心はまだ解かれていない。
対戦相手が視認できないという事は、相手が戦闘続行可能なのか、不可能なのかがまだわからないという事だ。
不確定情報である以上は、警戒心を解くべきではない。
――だからこそ、唐突に放たれたナイフにエルンストは気が付いた。
土煙を斬り裂くように飛来したそれを、エルンストは咄嗟に杖で払いのける。
その瞬間、エルンストは前方への視界を自らの杖で遮られる事となる。
これを見逃さない者がこの場にはいた。
エルンストがナイフを払いのけたその直後には、マコトが彼の懐へと潜り込んでいた。
「――何ッ!?」
「フェアプレー、どうも……ッ!」
マコトはそう口にしながら、右腕を後ろへ引き絞り、「
単純ながら素早く威力に優れた一撃。
マコトのメインウェポンと言っても過言ではないこの技を、エルンストは咄嗟に腕でガードするも、身に着けているローブを斬り裂いて彼の腕に直接傷をつけるに至る。
「くゥ……ッ!」
絶対強者であるエルンストが苦悶の声をあげる。
金級冒険者にして前回覇者と銅級冒険者。決勝戦と言えど勝負にならないだろう、と予想するものも少なくなかった中、こうしてエルンストに傷を負わせるに至ったマコトの姿に会場が大きく沸く。
エルンストはバックステップを入れながら咄嗟に「氷結の雨」と唱え、氷の弾丸を無数に放ちマコトとの距離をとる。
「なかなか、やるじゃないか」
今のは危なかった、と息を切らせながらエルンストがマコトに賞賛の言葉を投げかけると、マコトは「……光栄、ですね……ッ!」とこちらも荒い息遣いでそう答える。
マコトにしてみれば、先程の迅雷爪でもう少し深い手傷を負わせる――何なら、その一撃でこの勝負を決めたいという心積もりであったが、その目算が外れた事により内心で舌打ちをする。
エルンストが放った雷撃、その直撃を受けたマコトの身体は既にHPの大部分を失っていると言っていい。
雷撃による被ダメージは
銅級冒険者同士であればそこまで気にならないものではあるものの、今回の相手は格上も格上の金級冒険者。
しかもそれでいて魔法学校出身の魔法使いともなればMAGが高いのは想像に難くなく、扱っている魔法の高威力のものばかり。
扱う魔法の全てがマコトにしてみれば必殺技のようにしか見えない。
そのような状況で、どのようにして勝機を拾うか。マコトは考える。
そんなマコトをよそに、エルンストは自らの息を整えがてらマコトに質問を投げかける。
「本当に銅級? その身のこなし、金級とかでも見ないけど」
「本当に銅級ですよ……ッ」
エルンストの問いに答えながら、マコトは地を蹴り駆ける。
それを見てエルンストは「もう少し休めばいいだろうに――」と愚痴りうつつ、何かを唱えながら杖を振るう。
杖が振られるタイミングに合わせて、杖の先端から火炎が放たれマコトへと迫る。
それを視認したマコトは咄嗟に跳躍してそれを躱すが、エルンストはそんなマコトを追従するように杖を動かす。
「……どこの火炎放射器だ……ッ」
マコトは小さく誰にも聴こえないような声をそう呟く。
少なくとも、マコトはこの世界にそれ――火炎放射器――があるかは知らないものの、前世にはそのようなものがあると知っている。
ファンタジーな世界観では火炎放射器等と言うものは殆どの場合あり得ないものである為に、今のエルンストがやっている事が明らかにファンタジー要素と相反しているのを見てマコトはそう口にせざるを得なかった。
――それはともかくとして、である。
マコトは兎に角地を駆け続けてその火炎から逃げる。
エルンストはマコトを近づかせまい、と火炎を放ち続ける。
エルンストの意図を推測し、マコトは一旦距離をとろうとすれば、ピタリと火炎放射器が止まる。
その瞬間を見てマコトは接近する素振りを見せると、今度は「火炎」と唱えて火球がマコトへと迫る。
あまりにも魔法行使後のクールタイムが短すぎる。
しかし、あり得ない事ではない事をマコトは知っている。
高速詠唱、と呼ばれるパッシブスキルがある。
読んで字の通りと言えばその通りだが、要は各種魔法に関する行動についてありとあらゆるものが短縮される、というもの。
唱えてから実際に魔法が行使されるまでの時間、魔法を行使してから次の魔法を唱えるまでの時間。
それらが短縮される事によって起きる事というのが、現在マコトの眼前にいるエルンストのように絶え間なく魔法を行使する金級冒険者の誕生、という訳だった。
勿論、これだけ強力なスキルというだけあって、取得できる時期というのは大分先になる。必要になるレベルやMAGが非常に高く、このスキルを習得できる頃には、高速詠唱がなくても十二分に強い魔法使いとなっている事が多い。
つまりは、この高速詠唱こそが魔法使いの到達点と言ってもいい。
そのような芸当のできる者が気の迷いでたまたま出場した闘技場に出てくるなんて、とマコトは内心で嘆きながらも足を止めない。
足を止める事はイコールで敗北、運が悪ければ死が待っている。
そして同時に考える事を止める事も敗北に直結する。
現状では、エルンストを相手にどうすれば勝利できるかというのがマコトの中では確立できていない。
つまり、どのように動くかが定まっていないという事であり、考える事をせずに動くというのは無策で相手に挑むと同義。
格上相手に無策というのが如何に無謀かというのを、マコトは良く知っている。
そもそも、マコトがかつて格上のアヤメを相手に忍の里で辛勝を収めたのも、考える事をギリギリまで諦めなかったからだ。
故に、頭と足の両方をマコトは動かし続ける。
迫る火球。
その全てを間一髪で避けながらエルンストへと向かって駆ける。
いや、正確に言えばその内いくつかは掠り、マコトの身体の表面を焼く。
焦げた臭いがマコトの嗅覚を刺激する。その事に意識を持って行かれそうになるのを堪えながら、マコトはただ走る。
考える。
考える。
考え続ける。
結論は出ない。
それでも考える事を止めない。
足も止めない。
そうして、唯一の勝ち筋をマコトは見出す。
正確に言えば、これしか思いつかない、と言った所。
エルンストは相変わらず杖を振るいながら今度は氷の弾丸の雨霰をマコトへと浴びせかける。
頭や胸と言った身体の中心を片腕で守りながら、その他への負傷をそのままにただマコトはまっすぐエルンストへと迫る。
「――
相手の視界を奪う。
いつもの、と言っても過言ではないが、それしかマコトには勝機を見いだせなかった。
瞬く間に閃光が辺りを包み込み、エルンストの反応が一瞬鈍る。
そんな中でマコトはただ突っ走り、右腕を引き絞り放つ。
「
考えた末が破れかぶれの特攻。
下手したら命に関わる以上、笑えないとマコトは思いながらも意を決して突き進んだ。その結果が――。
「――惜しかったな。銅級」
突き立てた爪は寸での所で杖によって防がれる。
「なッ――!?」
驚きの声をマコトがあげるが、エルンストはそれに構わず「雷撃」と唱えると、小さくバチンという音がマコトの耳に届く。
それとほぼ同時にマコトの意識が刈り取られる。
『――勝者、エルンスト!』
実況兼進行役がそう宣言すると同時に大きな歓声が沸き上がる。
その歓声に応えるようにエルンストが片手を上げながら、自らの杖に目をやると、そこには大きなヒビが入り今にも壊れそうなのが見てとれる。
「ほんとに、危なかった」
エルンストは心底から安堵するようにそう呟くのだった。
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