P004/06/犬娘、闘技場に出る

「悔しい……ッ!」


 出るんじゃなかった、とそもそも参加すら後悔していた姿はどこへやら。

 決勝戦の後、治療が済んで控室で用意された食事を摂りながらマコトは決勝戦での敗戦にかなり悔しさを露わにしていた。

 やけ食いとまではいかないにせよ、その食べっぷりは相当なものであり、その様子を見た係員は「その小さい身体のどこに……?」と疑問を口にしてから、自らの仕事を思い出して咳払いをする。


「あの、マコトさん。この後の段取りですが……」


 申し訳なさそうに係員がそう口にすると、漸くマコトも周囲に意識が向いて気まずさから顔を赤らめる。


「う。すみません。お願いします」


 素直に謝罪を口にして、係員に続きを促す。それを受けて係員は口を開く。


「このあと一五分後に表彰式を行います。参加者からは優勝者エルンストさんと準優勝者のマコトさんの二名だけが参加予定です。そこで、トロフィーと小切手を贈呈する手筈となっております」


 そう言いながら、この後の段取りを書き記している紙を「どうぞ。ご覧ください」と言って係員はマコトに手渡す。


「ありあとうございます」


 マコトはそう答えながら手渡された紙に目を通す。予定ではあと数時間もしない内に解散となっており、長かった闘技場もこれで終わるのだという安堵の息をふぅ、と吐く。


 これからの段取りについての話を聞かされたマコトだが、この段階になってふと気になる事ができた為「ところで」と係員に尋ねる。


「ところで、この治療費も自己負担ではない、っていう認識であってます……?」


 そう言いながら、身体の各所に巻かれた包帯へ目をやる。

 決勝戦で負った傷はかなり多く、その治療は決して安くなかったであろう事がマコトには予測できる。

 一応、参加するにあたってそのあたりの手引書等に目を通し、治療費については闘技場持ち、との記載があったのを記憶しているもののそうでなかった場合の出費が厳し過ぎるとマコトは考えていた。

 ただ、その不安を払拭するように「はい、安心して下さい。治療費は闘技場の方で負担しますので」と係員が答える。これにはマコトも心底から「よかったぁ……」という声を漏らすのだった。



 そうして迎えた表彰式。

 進行役が会場の空気を温めるようなトークをしている間、マコトは合図があるまで会場への入口で待っていた。

 そんなマコトの隣には先程まで激闘を繰り広げた相手、エルンストがいる。

 直視すると悔しさがぶり返してきそう、という少々子供じみた理由からマコトはエルンストを見ないようにするが、そんなマコトに対し「マコト」とエルンストが声をかける。

 声をかけられて尚見ないようにするのは失礼にあたるだろうな、と考えたマコトは観念してエルンストの方を見る。案の定こみあげて来る悔しさを押し留めながら「なんでしょう?」と返事をする。


「正直、見くびったつもりはなかったけど、驚かされた。いい勝負だった」


 そう言ってエルンストが手を差し出してくる。その声色や顔色から嘘をついているようには見えない、とマコトは感じとる。感じ取れた。つまりは、彼は心底からマコトの実力に驚かされた、いい勝負だった、と認めているという事である。

 マコト自身は銅級で、相手のエルンストが金級という事を考えれば、十分過ぎる成果だろう、とマコトは思う事ができた。

 そうして、穏やかな気持ちでマコトはエルンストの手を握る。


「ありがとうございます。次は負けません」

「次も勝てるように、こちらも努力を惜しまない。次も勝たせてもらう」


 マコトの宣言に対して応えるようにエルンストもにこやかにそう言うのだった。



 表彰式自体は淀みなく、何らかのトラブルが生じるような事もなく無事に終了する。

 優勝者と比べたら慎ましく小さな準優勝者のトロフィーと、それなりに十分な額の小切手を見ながらマコトは控室で荷物の整理をしていた。闘技場は終わり、後は片づけて帰るだけという状況であった。

 少なくとも、今回の闘技場の実績というのもマコトが今首から下げている冒険者札に記録されており、今回の闘技場で準優勝したという実績が今後のマコトの評価に加わる事を示している。

 それも、楽な組み合わせだから勝ち上がったのではなく、初戦から格上である筈の銀級冒険者を倒しての準優勝。

 勿論、優勝と比べたら評価が下がるのは当たり前だとしても、それでも十分な実績なのは間違いない。

 マコトはつい頬が緩みそうになるのを抑えながら、エルンストとの戦いを振り返る。


 エルンストは間違いなく強敵だった。

 万全な状態であったとしても、勝てたかと問われるとマコトは首を傾げる。

 そもそも、マコトが万全だとしたらエルンストも万全になる訳であり、そうなれば力関係というのは決勝で戦った時とそう大きな差がないだろう。

 つまりは、万全だとしても同様に負けるのではないか、というのがマコトの見立てだった。

 そもそもである。

 RTOというゲームにおいて、エルンスト・ヘルフルトはネームドNPCとしては屈指の強さを持つキャラクターとしてプレイヤーからは知られている。

 多種多彩な魔法の数々に、高速詠唱という魔法を連発できるパッシブスキル。

 惜しい点があるとすれば、プレイヤーキャラでないが故にステータスの割り振りが均等になされている、という点であるもののそれでも基準となるレベルが高い為、現時点で銅級のマコトからすればステータスの差もあって勝ち目は殆どないというのが実情だった。

 そのような状況で最後に一矢報いる――というにはボロボロ過ぎたが、魔法を受けながら至近距離まで迫り爪を突き立て――杖によって防御されているものの――る事ができた、というのは大きな意味を持つ、とマコトは思う事にした。

 

「……それにしても、このトロフィーってどうすればいいんだ……?」


 荷物の整理を終えて、後は帰るだけ――ではあるものの、鞄の中には入り切らなかったトロフィーを手で弄びながらマコトは呟く。

 小さく慎ましいものではあるものの、日用品ではない為に粗雑に鞄の中に入れるのは忍びない。

 かといって、現状のマコトには住居というものがなく、冒険者としての稼ぎで宿に泊まるのが常だ。トロフィーをどこかに飾っておく、というのは現実的でない。


「……エルンストさん、まだいるかな……」


 そして思いついたのは、優勝者に聞く、というもの。善は急げと自身の荷物を背負って他の――エルンストの控室を目指す。

 小走りで廊下を走り、“エルンスト”という名前が貼られた控室のドアを見つけて軽くノックすると、「いいよ入って」と中からの声――エルンストの声がして、マコトは「失礼します」と言って中に入る。

 そこには、先程とは変わって身軽な服装をしたエルンストがいた。


「どうしたんだい? あ。徒党ならごめん受け付けてないんだ」

「あ、いや、そうではなく……」


 勝手に徒党の件と思われたマコトは慌てて否定しつつ、意を決して口を開く。


「このトロフィーってどうしてます……? 自分、家とかないんでどこかに保管したり飾ったりできないので……」


 マコトが困ったようにそう言うと「あぁ、確かに困るよね」とエルンストは同意してから、マコトの問いに答える。


「一番良いのは、貸金庫じゃない? 銀級冒険者以上なら毎月定額支払えば冒険者組合が保管してくれるから。自分もそうしてるしね」


 これしかないベストアンサーと言わんばかりにエルンストが答えるが、「……まだ銅級冒険者なんですけど」とマコトは指摘する。

 暫くの沈黙。


「……昇格するまでは自分で持ち運ぶ以外ないんじゃない?」

「……デスヨネ」


 マコトは諦めてトロフィーを暫くの間持ち歩く事にしたのだった。



 こうして、マコトの闘技場挑戦は幕を閉じたのだった。

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