P004/03/犬娘、闘技場に出る
それからのマコトは快進撃を見せる。
初戦でジェラルドに勝ったマコトだったが、第二試合と第三試合はジェラルドと比べると格下が相手だった事もあり、そう苦戦する事なく瞬く間に相手の冒険者を倒したのだった。
少しずつ相手の力量が上がるかと思っていたマコトとしては拍子抜けもいい所だが、トーナメントというのは組み合わせ次第ではそのような事が起きてもおかしくはない。そういう事もあるか、とマコトも納得する事とした。
一応、マコトが相手は強くなっていくのではないかと考えたのも無理はない話だった。
マコトの前世におけるRTOというゲーム、その中のPvPコンテンツとしての闘技場では間違いなく初戦よりも次戦、次戦よりもそのまた次戦の方が強い相手とマッチングするようにできていたのだから。
とはいえ、今のマコトにとって今世はゲームではなくてこここそが現実世界。
あくまでもゲームと同様の世界線で、似たような現象が起きるというだけであって、そこに生きる人々は各々が自我を持っている。その事を忘れてはならない、とマコトは自らに言い聞かせるのだった。
『さあ、ついに今回の闘技場も準決勝! 勝ち残っている冒険者はもう四人しかいない! 誰が決勝の舞台に進むのか!』
会場では実況兼進行役が場の空気をより熱くなるように、煽るようにそう口にする。
それに呼応するように観客は思い思いに大きな声を出す。キャアァ――という黄色い歓声だったり、ウォオォ――という野太い声だったり。様々な声が合わさって一つの大きな歓声となって響き渡る。
『それじゃあ、準決勝第一試合! 初戦で格上ジェラルドを撃破した実力は既にフロックじゃない事を証明済ィ! 疾風迅雷の犬人、銅級冒険者のマコトォ!』
そんな進行役の呼び込みに合わせてマコトは会場に姿を現し、腕を大きく上げる。
既にこれが本日四試合目、ここまでくれば慣れて来たもので、そこに気恥ずかしさはもうない。
そんなマコトに対して観客も思い思いに声をかけていく。相変わらず「今回もお前に賭けたからなー!」というギャンブラーの声が大きいのをマコトは不思議に思いながら、反対側から相手が現れるのを待つ。
『続いてェ! こちらも格上を倒してきたダークホース! 孤高のガンマン、ロビン!』
そんな紹介と共にマコトの反対側から現れたのは、細身の男性。しかしながら、華奢という印象は感じられず、鍛え上げられた身体である事がマコトには感じ取れる。
そんな男性――ロビンは器用に拳銃をくるくると回しながら拳銃を持っていない手を大きく上にあげる。
その様子見てマコトはアピール慣れしてるなあ、と他人事のように内心で呟いていると、気が付けばロビンがマコトの目の前に辿りつき、拳銃をすっと腰のガンホルダーにしまい込んでから手を差し出してくる。
「銅級のロビンだ」
これ以上の言葉は不要と言わんばかりの一言に、マコトは「銅級のマコトです。よろしくお願いします」と返しながらロビンの差し出してきた手を握り返して握手する。
試合前の挨拶は以上、互いに踵を返して所定の場所まで離れてから、再び相対する。
後は開始の合図を待つのみ。
程なくして一瞬の静寂が訪れる。
冒険者二人が、観客が、皆が開始の合図を待っている。
まだか。
まだ鳴らないか。
そうして焦れかけた頃になって――。
『さぁ、どちらが勝利して結晶に進むのか――! 初めッ!』
開始の合図である鐘の音が響き渡ると同時に、マコトは地を蹴り跳ぶように駆ける。
それとほぼ同時にマコトが先程まで立っていた場所に寸分違わず銃弾が通過していく。
「早い……ッ!」
そう口にしたのはマコトかロビンか。
はたまたどちらもか。互いに相手の早さに驚きながらも、動揺する事なく次の行動へと移る。
マコトはロビンに接敵する事を選択する。
こればかりは規定路線としか言いようがない。
ロビンが拳銃――つまりは飛び道具を持っているのに対して、マコトはそういった類の武器は持ち合わせていない。
いや、正確にはナイフを携行していて、投げる事で飛び道具にできるものの、拳銃という明らかな飛び道具と比べると心もとない。
対するロビンは、目と銃口でマコトの動きを追いながら、撃鉄を引き起こしてすぐさま引鉄を引いて次弾を発射する。
ロビンの手にしている拳銃はマコトの前世で言う所のシングルアクションアーミー。回転式拳銃、リボルバー等と呼称されるそれだ。
扱う者の技量によってはとてつもない連射を可能にする代物だが、このロビンもその一人。
銃声は一度。
しかしながら、放たれた銃弾は二発。
そのような芸当すらも、このロビンは可能であった。
対するマコトはと言えば、銃声を耳にするよりも先にロビンの手元に目をやり、発射されるタイミングを掴んで地を蹴り加速する。
銃弾が放たれてから回避を始めるのでは遅い。
拳銃から放たれた銃弾の速度というのは極めて速く、放たれたのを確認してから回避を開始するのでは、時間はほんの僅かしかない。
故に、銃弾が放たれるよりも先に動く。
しかし、そのタイミングは早過ぎてもいけない。
早過ぎてしまえば、相手が発射する直前に照準をずらせばいいだけなのだから。
だからこそ、限られたタイミングを予測していた。
「なッ――!」
ロビンの驚く声がマコトの耳に微かに届く。ロビンの拳銃から放たれた二発の弾丸は、どちらもマコトの背の後方を通過していく。
引鉄を引くその瞬間。
その瞬間だけは、銃身を固定して正確に放とうとする。そうしなければ、手元がブレて弾丸は明後日の方向に飛んで行ってしまう可能性があるからだ。
熟練者程、射撃の際に手元がブレないように心がける。無造作に扱っているように見えても、その基本だけは心掛けている。
故に、マコトはその瞬間を見逃さずに加速して、ロビンの照準から逃れたという訳だった。
言うは易し。実際に行う者がどこにいる、という離れ業、と言っていい。
「なんだそりゃ……ッ!」
驚きながらも、ロビンは撃鉄を起こして引鉄を引く。
その動作に淀みはない。無駄もない。
その技量は間違いなく上澄みであり、銅級冒険者なのは単に実績だけが足りていないというもので実力は間違いなく、銀級冒険者程度はあっただろう。そうでなければ、ここまで勝ち上がる事すら出来なかった筈なのだから。
しかしながら、今回相対したのはロビンと同様に実力は間違いなく銀級冒険者にも引けをとらない同等以上の実力者であるマコト。
その上、AGIが極めて高く、動きが素早い事から飛び道具を当てるのは至難の業。
焦りはない筈だった。
しかしながら、必中と思って放った銃弾を躱されていくのを見る度に、焦りというものが募っていく。
そうして、もう一射しようとして手応えがあまりにも軽い事――弾が切れている事に気が付いてロビンは舌打ちをする。
ここでロビンは選択を迫られる。
拳銃に弾丸を再装填するか、予備の武器であるナイフに切り替えるか。
前者を選べば、ロビンの得意武器での勝負だ。
確かにここまで回避され続けているとはいえ、マコトがこの勝負を決めに来るのであれば、どこかで接近する必要がある。
その瞬間に関して言えば、回避は不可能だろう。
しかしながら、その再装填の間に接近されてしまえば元も子もない。
拳銃使いが最も無防備になる瞬間というのが再装填の時間だからだ。
障害物、遮蔽物があればまた話は変わるのだろうが、闘技場にはそのようなものはない。
対する後者は、ロビンの得意武器――とは言い難い。
一応は扱える、という程度であるロビンからすれば信頼性に欠ける。
頼れるものではない、というのが本音であった。
僅かな逡巡。
しかしながら、マコトがそんなロビンの様子に気が付いて接近しようとするのを視界に捉えたロビンは咄嗟に拳銃をその場に落としながらナイフを腰のホルダーから引き抜いて構える。
地を蹴り跳ぶように駆けるマコト。それを迎え撃つロビン。
キィン、という甲高い金属音が響く。
それは、マコトの爪がロビンの手に持っていたナイフを弾き飛ばした音に他ならなかった。
更にマコトは器用に脚でロビンの拳銃を蹴とばしてから、ロビンの首元へ詰めを寸止めして静止する。
自身の得意武器は蹴とばされ、予備の武器も弾き飛ばされた。
その上相手が得意としている接近戦の間合いに入ってしまっている以上、ロビンからすれば逆転の可能性は見えなかった。
「……負けだ。降参する」
潔く、両手を上げる。
その直後に『勝負あり! 勝者マコト!』と実況兼進行役が宣言し、会場は歓声に包まれたのだった。
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