004/03/レッサーマッドボア――「……やっぱり群れていたか」

 物陰に隠れつつ、潜伏ハイドンを用いる事で魔獣にその気配を極力気取られないようにしたマコトとリリウム。

 その甲斐あってか、一匹の魔獣がのそのそと畑へと姿を現す。

 マコトの前世における猪に近い魔獣――レッサーマッドボア、今回の依頼における討伐対象だった。

 それを視認したマコトは、ハンドサインでリリウムにその事を伝える。そのサインを見たリリウムが、杖を構えながら魔獣へと視線を向ける。

 魔獣は警戒しているのか、周囲を見渡す素振りを見せる。

 二人の存在に気づいていないにしても、警戒心もあって何かの異常――それこそ、属性魔法等による攻撃――があれば、即座に逃げるつもりなのだろうと推察する事ができる。

 その為、二人はまだ動けない。

 無防備になった瞬間――魔獣が作物に食いつく瞬間こそが、最も確実に攻撃を当てる事のできる瞬間であると言える。

 魔獣は周囲をきょろきょろと見渡すが、最後まで二人の気配に気づく事はなく、作物の方へと向かう。

 そして、作物へと食らいつこうとしたその瞬間、マコトのハンドサインに合わせてリリウムが物陰から杖だけを出して「雷撃スパンク」と唱えると、杖の先から稲妻が迸り、魔獣へ迫る。


 雷撃。

 その名の通り、雷を放つ魔法。

 あらゆる属性魔法の中でも、その攻撃速度は群を抜いており、魔法で不意打ちをする場合においては最も適していると言えよう。


 ――故に着弾するまでの時間は一秒もない。


 次の瞬間には魔獣へと的中していた。

 雷というだけあって、命中した箇所は焼け焦げている。

 雷と聞くとゲーム的な思考で考えると麻痺をイメージしやすいが、RTOではリアリティを意識したのか、麻痺の他に火傷の状態異常を確率で付与するという性能をもっている。

 その性能通りの一撃であるのは間違いない。

 ピギャッ、という悲鳴のような鳴き声がその場に響き、その場で魔獣は倒れる。


 あまりにも一瞬の出来事。

 とはいえ、明確に一匹の魔獣を仕留める事ができた事には間違いなく。

 リリウムが小さく拳を握り「よし」と口にする。

 しかし、マコトは「しー」とまだ静かにするようにジェスチャも交えてリリウムへと伝える。

 それを目にしてリリウムが慌てて口を押える仕草をしながら物陰から出していた杖を再び隠し、魔獣の様子を見る。

 確かに、雷撃は攻撃速度に優れる。

 威力も申し分ない。

 この状況においては最適な魔法だった事に違いはない。

 しかしながら、この程度で解決するのであれば、極論を言えば冒険者など必要ない。

 

 ――プギィイイイッ!


 倒れ伏していた魔獣が突如として立ち上がり、力強くそう鳴いた。

 いや、吠えたというべきか。

 その声に呼応するように、ピギッ、フゴッと幾つもの鳴き声がその場に集まってくる。その数は合わせて五つ。


「……やっぱり群れていたか」


 そう呟きながら、マコトは再度ハンドサインで合図を送り、それに合わせてリリウムが「雷撃」と唱えて雷を放つ。

 再びの雷は、先程吠えていた最初の一匹の魔獣に的中し、先程同様悲鳴を上げながらその場に倒れ込む。

 幾ら一度受けて無事だったとて、二度目の雷にも耐えられるなんて事はなく、HPが0になる力尽きる

 そして、この段階にもなれば、魔獣も近くに誰かが潜んでいるかもしれない、という所に思考が追いつく。


 そうなると、このまま潜伏し続けるのは厳しい、という事になる。

 姿を隠した不意打ちというのは、最初の一撃目が最も有効だ。

 それが二撃目、三撃目と回数を重ねていく毎にその有効性は低下していく。

 不意打ちというのは、相手に気づかれていないからこそ有効なのであって、互いに互いを知っている者に対してはその効力は思った以上に発揮できなくなるのは当然だ。

 

 だがそれは、その攻撃に対応できて初めて意味がある。

 

 雷撃の攻撃速度は文字通り、光の速さだ。

 気づいた瞬間に回避行動をしなければ殆どの場合で必中と言って差し支えない。

 そのようなものを、一体どうやって対処するというのか。


「雷撃」


 一匹に対して吸い込まれるように稲妻が迸り、断末魔を上げながらその場に崩れ落ちる。

 その様を見届けないままにマコトのハンドサインを視認して「雷撃」と雷を連発する。

 レッサーマッドボアの群れにとって、誤算だったのはこの畑に来ていた冒険者二人の内一人が銀級冒険者で、もう一人が鉄級ではあるものの魔法学校でも優秀な魔法使いであった事だろう。


 雷撃とは本来そこまで連発できるような魔法ではない。

 言ってしまえば、他の属性魔法と比べると大きくSP継戦力を消費するコストパフォーマンスの低い魔法である。

 しかしながら、それを連発できる位にはリリウムの魔法使いとしての能力は高い。

 いや、そうでなければ魔法学校を好成績で卒業するなんて事はできる筈もない。

 

 ――つまり。リリウムは優秀な魔法使い、という事である。


 それを理解していたからこそ、マコトはこの場においてはあくまでもサポートに徹して、リリウムが自身の実力でレッサーマッドボアを仕留める事に努めていた。

 そしてその通り、リリウムは雷撃を連発する事で魔獣の群れを全て倒す事に成功していた。


「や、やりましたか……?」


 息を切らしながら、そう尋ねるリリウム。

 若干のフラグ臭のする発言にマコトは内心で“それはちょっとまずいかも……”と不安に思いながら魔獣の群れの様子を注視する。

 少なくとも、その場に倒れている五匹が起き上がる様子もなければ近くに他の魔獣の気配もない事を察したマコトは「大丈夫。これで全部だ」とリリウムに言いながら、物陰から出て倒れている五匹の魔獣へと近づき、それを見たリリウムもその後をついていく。

 倒れている一匹に手を当てるマコトは「情報解析アナリー」と小さく口にする。


 情報解析。

 自身の能力を確認する情報閲覧ステータスとは対となる魔法で、相手の能力値を確認するというもの。

 その魔法によって、マコトはこの魔獣のHPが間違いなくゼロになっている事を確認する。

 少なくとも、他四匹に関しても傍目から見て大きな違いがない以上、同様にHP0であるとマコトは判断する。


「うん、問題なさそうだ。まあ、万が一もあるからバラすけど……」


 マコトがそう言うと「バラす……?」とリリウムが首を傾げる。

 しかしながら、その数瞬後に「あ」と何かに気が付いて顔を青ざめる。どうやら気づいてしまったようだ、とマコトは小さく息を吐く。

 レッサーマッドボアは食用にはならないが、その骨などは有用な素材として知られている。

 その為、討伐した後は解体して骨などを売り払うというのが常であった。

 基本的に、討伐依頼において討伐対象から得られる素材等は討伐した者に所有権がある。

 その為、このような討伐依頼は依頼報酬以外の副収入を込みにするとかなりお得な依頼と言えた。

 ただし、ゲームにおいてはそういった素材は自動的に入手していたが、現実的にはこうして毎度解体しなければそれらは手に入らない。

 このあたりについてマコトは当初抵抗感があったものの、経験を積んだ事でもう慣れっこであった。

 しかしながら、あくまでも商会のお嬢様から冒険者になったばかりのリリウムがその刺激に耐えられるだろうか、という疑問がマコトにはあった。

 正直、マコトも慣れてはいてもやりたい作業ではないからだ。


「見たくないなら、見なくてもいいぞ……?」


 親切心から、そう口にする。しかしながら「い、いえ、見ます……っ」とリリウムはそう答える。

 リリウムとて照会の人間として、レッサーマッドボアの骨が取引されている事は知っている。

 だからこそ、直視しなければならない、と考えての事だった。

 その場に流されて、ではなく本人に強い意志があると感じ取れたマコトは「わかった」と口にして、鞄の中から解体用の大きな刃を取り出して、レッサーマッドボアへと振り下ろした。

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