004/04/お嬢様と初めての依頼
「本当にありがとうございます……!」
畑の近くに転がっているレッサーマッドボアの死体の一部を見て、農夫はマコトとリリウムに対して深く頭を下げる。
「や、私は殆ど何もしていません。彼女が、コイツらを殆ど仕留めたので」
そんな農夫に対して、マコトはそう言って特にリリウムに対して感謝の言葉を伝えるべきであると主張する。
これには当初は女子供二人組に疑いの眼を向けていた彼も、流石に実績を認めざるを得ずに「本当に、助かりました。ありがとうございます」とリリウムに対して頭を下げる。
「い、いえ、そんな……」
農夫の感謝に対して、謙遜するリリウムだったが「いや、ちゃんとリリウムの手柄だからね、あれは」とマコトが念押しした事で「……どういたしまして」と礼を受け止める事にしたのだった。
そんなリリウムの様子に満足しつつマコトは「とりあえず、報酬については冒険者組合の方にお願いします」と事務的な話を進める。
このあたりに銀級冒険者として、スムーズに物事を進めようという意思が見てとれる。
「はい、わかりました。報酬は必ず払わせて頂きます」
依頼主である農夫が支払いの意志を見せた事でマコトは内心で“これでよし”と呟きつつ「それじゃあ、これで」と言って頭を下げる。
それに倣うようにリリウムも頭を下げてから、農夫の畑を後にするのだった。
依頼を終え、冒険者組合で依頼の完遂をリリウムが報告する。
これもマコトがやればスムーズにできる所ではあったが、折角のリリウムの初依頼なのだからとマコトはリリウムに任せる事とした。
慣れていない所はあるにせよ、魔法学校で社会経験を積んでいる彼女にしてみればそこまで真新しい事でもないようで、特に手間取る事無く報告を完了して「終わりました」とマコトの下に戻って来たのだった。
「ん、お疲れ様。どうだった?」
「……終わってみれば、あっけなかったですわね……」
「そりゃあね。一応リリウムは魔法学校卒業している訳だし、ちゃんと杖を持ってる状態なら余程の事がなければ大丈夫だよ」
あっけなかった、というリリウムの感想に対してそう言ってマコトは肯定する。
初対面の時は杖を持っていなかったが為に、魔獣相手に囲まれた際、何もできなかったリリウム。
しかし、それは同時に杖さえ持っていればどうにかなるという意味でもある。
対抗手段となり得る魔法が使えない、という事実から当時は恐怖していたに過ぎない。
つまりちゃんと杖を持った状態で、こちらが明確に相手を討伐するという立場で立ち向かうのであればリリウムの敵ではない。
それを強く実感させるために、マコトはリリウムに魔獣の相手をさせたという訳だった。
「……でも、杖がないとこうは……」
ただ、それでもリリウムはそう不安を吐露する。
しかし、それはリリウムに限らず多くの魔法使いに付きまとう問題で「そればかりはなんとも……」とマコトも言葉を濁す他ない。
今回の依頼でも活躍した雷撃等の属性魔法は杖を用いて精密な魔力の運用が必要になるのが基本であった。
勿論、杖を用いないごく一部の上澄みも存在する事をマコトは知ってはいるが、それは本当に一握りである事を今世での経験で知っていた。
――尤も、ゲーム中では杖を持たないプレイヤーキャラが当たり前のように属性魔法を用いていた事から、当初はそのあたりで認識の齟齬が起きていた訳だが、それはそれである。
「まあ、何はともあれ、今日はお疲れ様。……さ、宿に泊まろっか」
「はい」
既に陽は傾いている。もう今日の活動はこれで終わり、と二人は宿に向かうのだった。
「……狭いですわね」
宿で宛がわれた部屋で、ベッドで横になったリリウムがポツリと一言。
これには「まあ、リリウムからすればそうでしょうよ……」とチクリとマコトが刺すような一言で返す。
「あ、いえ、すみません、そんなつもりは」
そんなマコトの様子を受けてか、リリウムが慌てて身振り手振りで当初の発言にそんな意図はなかったと伝えようとする。
正確に言えば、思ってはいたけど口に出すつもりのなかった本音なのだろう、とマコトは考えながらも「うん、わかってるから」と言ってこの話題を早々に切り上げる事を決める。
マコトとて、リリウムと口喧嘩をしたくてチクリと刺した訳ではない。
オブライネン商会、オブライネン家の娘が一般的な宿のベッドに対して“狭い”等と言うのだから、マコトの口からそのような言葉が漏れてしまった、という経緯がある。
互いに意図せず口から漏れたのだから、この話題はもう終わりにしよう――というのがマコトの考え。
そこまで読み取れた訳ではないにせよ、早々にこの話題が切り上げられた事にリリウムはほっとして「ありがとうございます」と感謝を口にする。
「や、感謝は大丈夫だって……」
「いえ、今日も助けて頂いたので」
そう言って、ぺこりと頭を下げるリリウム。
とはいえ、何かリリウムを助けただろうか?――とマコトは考えを巡らせるも特に思い当たる節はない。
そんなマコトに対して「はぁ……」と小さくため息をつくリリウム。
「……え、ため息つかれるような事?」
「マコトさんって、無自覚に人を助けるんですね……」
「え?」
リリウムはこれまでのマコトの行いからその結論に至っていた。
まずは初対面の時。どう考えてもリリウムの近くにいなかった筈のマコトが颯爽と現れてリリウムを助けた。
目の前にいる危険な人を助けるのはまだ咄嗟に身体が動いてしまった、で片づけられるだろうがこのケースではあまりにも遠すぎる。
しかも、この時マコトは本来依頼で送り届けるべき荷物を一度手放して身軽になった上で、急行していたのだからただ咄嗟に助けようとして、では絶対に片づけられない。明確に“助けなければ”という意思がないと説明がつかない。
次に、その後リリウムをオブライネン商会まで送り届けた件。
どう考えても厄介ごとの臭いしかしない状況にも関わらず、リリウムを無事に送り届けようとするマコトの行動は、一般的に考えたら人が良過ぎるのは明白だった。
道中では数的不利が続く中でも、一貫してリリウムを守り抜くという意思が明らかになっていて、無事に帰られるだろうかと不安に思う事はあってもマコトが裏切るような素振りは一切なく安心していたのをリリウムは思い出す。
最後に、いくら依頼だとはいえ父からリリウムを預かるなんて事をマコトが了承したという事。
魔法学校を優秀な成績で卒業しているとはいえ、リリウムは冒険者となるために魔法学校へ通っていた訳ではなく、冒険者としての心得はないに等しい。
勿論、学校で学んだ事が役立つ場面もあるだろうが、マコトからすれば足手まといになるのは明白。
それにも関わらず、嫌な顔をせずにリリウムを引き受け、リリウムに適した難易度の依頼に同行し、リリウムのサポートに徹する。
言外にリリウムの成長に繋がるように、という意思がそこには見えている。
更に言えば、依頼主からの厳しい言葉に対しても盾になるように「銀級もいるので」と言ったり、依頼主がマコトに感謝の言葉を述べている時も「やったのは彼女なので」とリリウムに感謝の言葉を言うべき、と主張したりとマコトの親切心が隠し切れていない。
そのような姿勢を見せられて、マコトを極度のお人よしである、と結論づけたリリウムはどこもおかしくないだろう。
知らぬのは無自覚にそういう事をしているマコトだけ。
「……なんか自分やった?」
「えーっと、そうですわね……」
暫し考える。
素直にこういう所を助けてもらった、と全て羅列してもいい。
しかしながら、ほんのちょっとだけ魔がさして――。
「――なんでもありませんわ」
はぐらかす事にしたのだった。
ともあれ、こうしてマコトとリリウム二人で請け負った依頼はこうして完了したのだった。
- - - - -
作者より。
一先ず、これにて[Chapter001]は完結となります。
ただ、オマケとして現実世界の様子を次回更新時に投稿致しますので、一応はそこまで込みで[Chapter001]とさせて頂きます。
続く[Chapter002]については金曜の更新分を一度お休みして、来週の月曜からスタートさせたいと思います。
どうか宜しくお願い致します。
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