TS犬娘がかつてゲームだった世界をいく(仮)
暁 文空(アカツキ・フミアキ)
[Chapter-001]二人の始まり
【現在】001/訳ありげなお嬢様
001/01/窮地からの救出――「ケガはない?」
薄暗い山道を一人の少女が歩いている。
闇夜に紛れてしまいそうな艶やかな黒い髪に、それに劣らぬ黒みがかった濃茶褐色の瞳。
背は一五○センチ半ばとやや小柄といった所。
顔は若いというよりは幼く見え、年齢は一〇代半ば程度。
ここまでならまだ普通だが、彼女はただの少女ではない。
山道を歩いているというのに、非常に軽装であり腕は肘から先、脚は膝から先を出しており、とてもではないが登山をするような格好には見えない。
格好だけではない。
頭頂部にはピンと立てられた耳。
自然に垂れているふさふさとした尾。
肘から先の殆どを覆い隠す程毛深い漆黒の体毛。
両の手には鋭い爪。
犬や狼を思わせる要素の存在が、その少女が通常の人間である事を否定している。
仮に一先ず犬娘と呼称できる彼女だが、その歩いている道もその体躯を思えば異質であった。
山道は整備された登山道と、そうではない獣道に分けられる。
本来ならば、整備された登山道を選んでいく事が多いにもかかわらず、彼女は整備されていない獣道をずんずんと軽やかに歩いていく。
ある程度進んだ所で、犬娘は空を見上げる。
陽はすでに傾いていて、このままだと夜を迎える事を示していた。
夜道を歩くのは大変危険である。
視界不良というのもその理由の一つだが、夜行性でない限りは夜に睡眠をとるのが生物の基本的な習性である。
それに逆らって夜に行動をするというのは、集中力を欠き、より危険な状況になり兼ねない。
「……仕方ない。ここで一晩過ごすか」
それを理解しているからか、彼女は、日が陰る様子を見てこれ以上の歩みをとり止める事としたようだった。
背負っていた鞄を地面に下ろし、中から簡易的なテントを取り出して組み立てていく。
本来ならばこのような場所で野宿するのは適していないだろうが、彼女には関係がないのか、テントの組み立てを素早く済ませると、慣れた手つきで火を起こして暖をとりつつ鞄から非常食を取り出して口にする。
「……まっず……」
非常食の味に不満があるのか、そう言葉を零す。
その言葉を聞く者もいないのにそう口にした。
あるいは、誰もいないからこそ安心して悪態をつくことができるのか。
真意はともかくとして、文句をぶつぶつと言い――ついでに耳を横に倒しながら、彼女は非常食を食べ終えて目の前でゆらゆらと揺れる焚火を炎を眺める。
「……なんで、こんなとこ歩いてるんだろ……」
ふと、そんな言葉が彼女の口から漏れる。
そして、そのままの流れでこのような事に至った経緯を思い返そうとしたその瞬間だった。
――キャアアアァァッ――!
甲高い女性の悲鳴。
このような山道に、しかも夜道でそのような声が聞こえるというのはあまりにも異常事態であった。
暫し、彼女は考える。
異常事態とはいえ、現状としては彼女に何らかの害がある訳ではない。
悲鳴が聞こえて来た、というだけであり極論ではあるが、彼女の周囲には今の所何もないのだから、動く必要性は今のところない。
悲鳴をあげた声の主には悪いだろうが、自らの身の安全を優先するのであれば、この方針について否定できないだろう。
助ける道理はない。
それは重々承知の上で「くそっ」と悪態をつきながら、暖をとるための火を消してから、荷物をそのままにして声の聞こえた方へと彼女は駆ける。
――つまり、彼女はドの付くお人好しなのであった。
道なき道を彼女は疾走する。
かなりの前傾姿勢は傍目からはまるで地を這うように駆けていると見えるだろう。
走り難い――寧ろ歩き難い――獣道を、まるで舗装された道かのように駆けていく。
そうして、獣道を抜けた先には開けた空間があり、そこには壊れた馬車が転がっているのが見える。
そして、その近くには仰向けに倒れ、怯えて竦んでいる煌びやかな格好をした少女と、それを取り囲む狼のように見える野生の獣五匹が彼女には見えた。
より一層強い力で彼女は地を蹴り跳躍する。
そうして、少女と獣の間に割り込みながら「大丈夫?」と尋ねる。
「……え?」
煌びやかなドレスに負けず輝く金の髪に翡翠色の瞳。
慎ましいながら確かにある胸部の双丘に華奢な体躯。
身長は一六〇センチを僅かに超える程度だが、細身なのも相まってすらりとした印象を感じさせる。
総じて、ぱっと見ではとても見目麗しい西洋人形がいるような感覚をマコトに感じさせる。
とてもではないが、このような山道にあっていいような外見ではない少女が、ただ困惑して声を漏らす。
そんな少女からの返答を待たず、彼女は少女に背を向け少女を取り囲んでいる獣へと意識を向ける。
「――まずは魔獣を片付ける」
魔獣。
彼女はそう口にして、少女を取り囲んでいた獣――魔獣の内一匹へと肉迫する。
ほんの一歩、一瞬で近づくと、魔獣からすれば不意を突かれた形となる。
その隙を彼女は見逃す事無く、右手で殴りかかる――否、両の手の指先には鋭い爪があり「
鋭い爪によって魔獣の両前足を斬り落とし、断面からは禍々しい紫色の血を噴き出しながら、斬られた魔獣はバランスがとれなくなりその場に崩れ落ち、そのまま大量出血によって絶命に至る。
それを見届ける事無く、返り血を浴びた彼女は二匹目へ意識を向ける。
この段階にもなれば、魔獣の意識は先程まで取り囲んでいた煌びやかな少女ではなく彼女へとすり替わる。
仲間を一人戦闘不能に追い込んだ外敵――彼女に対して、報復をするべく一匹が飛び掛かる。
しかし、それを難なくいなして「
水平方向に爪を振るい、まるで刀剣を振るったかのような一撃。
それによって今度は首から上がそれによって斬り落とされ、首から紫の血を噴き出した状態でそれが着地した後に崩れ落ちる。
間髪入れず四、五匹目が同時に左右から飛び掛かる。
今度はそれを屈んでやり過ごしながら、屈んだ状態のまま片方に対して左手の爪を突き立てる。
それは魔獣の腹部へ深く突き刺さり、彼女はその状態のまま魔獣を地面へと叩きつける。
キャイン、と鳴き声――断末魔をあげながら魔獣は絶命する。
一瞬にした三匹の魔獣が命を落とした事で、魔獣たちの意識としては、この者――彼女には敵わないという意識が植えつけられるのは自然の事。
その場で絶命している三匹の事を放置して、残る二匹は彼女と少女から距離をとり脱兎の如くその場を去る。
彼女としても、今は先程まで魔獣に取り囲まれていた少女の安否の方が重要である為、魔獣を追いかける事はせず、戦闘の構えを解くのであった。
「ケガはない?」
魔獣を三匹仕留め、二匹を追い返して返り血を浴びた彼女が、少女に対してそう問いかける。
頭頂部でピンと立っている両耳。
鋭利な爪を持つ両手。
その特徴から、彼女がただの人間ではない事は少女にも理解できる。
更に言えば、禍々しい返り血を浴びているにも関わらず、平然としている点もおかしいと言えるだろう。
だが、少女はそれよりも彼女の漆黒の髪や、濃茶褐色の瞳に目が奪われていた。
「……は、はい、大丈夫です……」
その為、見惚れながらそのように返すのが少女には精一杯だった。
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