特注の絆創膏を
グラスを割った。さほど高くない、近くのホームセンターかなんかで適当に買ったものだからか、「あ、割れた。」以外の感情は浮かばなかった。一つ一つ拾い上げて、危険ゴミ用の厚手のゴミ袋を二重にしてしまっていく。
「っ痛」
大きめの破片で指を切った。これだけされても、グラスだったものに憎らしさは湧かなかった。血がポタポタ垂れていき、シンクの銀に見慣れない色のグラデーションを作っている。意外と深いらしい。水を流して、洗ったあと薬箱を取りに行った。消毒液をティッシュに滲みさせて、絆創膏を貼ってみる。指先を包んだ。指先に絆創膏を貼る時、毎度上手く貼れなくて、苛立ちとも気持ち悪さとも違う感情で、やきもきする。
ふと鳴る通知の音が無音の赤を裂いて、やってきた。懐かしい名前だ。大学の同期、この美咲という女は男をフったか男にフられたかしないと連絡してこない。こっちの気も知らないで昔から愚痴を聞かされる気にもなって欲しいものだが、惚気じゃない分まだ耐えられた。『元気?』だってさ。『今ちょうどケガしたわ』と返した。フリックがしづらい。返信が遅れる。
『幸先悪いじゃん』
『だな』
『時間空いたから飲みに誘おうと思ってたんだけど』
『行く』
『アルコールは傷に良くないって、知らない?』
『アクション映画でウイスキーを麻酔代わりに手術するシーン、見たことない?』
『知らない……そんな深いの?』
『冗談、んでもさ』
フリックが遅いから、『何?』と先に返ってきてしまった。あー、どうすっか。痛みがこの均衡を、ぐらぐらと揺らして。
『今日はお前が笑って酒飲んでくれんなら、まぁ痛み止めにはなるぞ』
『何それ、どういう意味?』
『まぁ、店に行ったらわかるんじゃないか』
『いつもの、現地集合現地解散?』
『いや、現地集合』
残念なことに、このやり取りの3分の間にかさぶたはできなかったみたいで、思ったより大胆なことを言ってしまった。
『わかったー』
とだけ返ってきた返信からは何も読み取れない。僕は今日、もっと大きい絆創膏を用意しないといけないかもしれない。もしくは、美咲が僕の血を止めてくれることになったら、そんなことを考えてあいつのために常備しているモバイルバッテリーを鞄に放り込んだ。あいつ、すぐ切らすから。
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